ヒキコモリミュレーション

 引き篭もってシミュレーションをしていた。

~~~

 朝。
 特に何も書いていないときでも、毎日皆にご飯を振る舞っている。淑女ならパクリコンをこき使うべきだ。パクリコンなら喜ぶから。

 最近のレビアちゃんは遅くまで寝ている。今日も俺とランが7時くらいからずっともぞもぞしながらお話をしていたのに、レビアちゃんはいびきをかいて寝ていた。ご想像いただけるだろうか、烏の濡れ羽色をした御髪をざっくばらんに振り乱した少女がいびきをかいて寝ている様を。

 俺とランが朝食を摂っていると、レビアちゃんが寝ぼけ眼で起きては洗面台のほうへと向かっていった。夏休みングだぜーレビアー!

 俺が大学に出かけるときに、玄関でランから、
「今日は用事がございますのでお昼頃には外出しております」
と言われた。
「気を付けて行ってらっしゃい」
と言いつつ自宅を出る俺。そして慌てて玄関の外から、
「行ってきますッ!!!」
と付け加えた。
 なおレビアちゃんは二度寝している模様だった。


 大学ではしゃまとシミュレーションの方針についてディスカッションをし、tnuc氏と「後でプールに行こうぜ!」と話していた。


 自宅に戻る。
 シミュレーションをするために。


 自宅にはレビアちゃんだけがいた。
「ランちゃんは14時過ぎに帰ってくるってさ」
と言われたので、ランが帰ってくるまでは頑張ってシミュレーションをすることにした。
 シミュレーションではうまい具合にコンフィギュレーションを組み立てることができたが、一部の例外空間のパラメータの設定の仕方についてはマニュアルを参照せざるをえなかった。これ、初期値のセルには必ず例外空間が当てはまるんだなあ。「初期値の場所にはセルを作らず、初期値からパラメータ分離れたところにセルを作る」ということはできないらしい。できないどころかバグになるから下手なことはやめろ的なことまで書かれてあった。恐ろしい子……!
 そんなことをブツブツ言いながらシミュレーションをしていた。





 ピチせかSS
『手に入れたい、手に入らないもの』


 帰宅予定の時刻を過ぎてもランは帰ってこなかった。なので俺はひとまず仕事の手を止めて休憩をしようと思った。
「ベッドで横になってもいい?」
と尋ねる俺と、
「いいもなにも、ここはパクリコンさんちなんだけれどな」
と返すレビア。
「いくら俺んちでもさすがに人前では全裸にはなれないからさ」
と言いつつ仕事場のベッドにごろんと横たわると、
「でも以前にちんちん見せてくれたじゃん」
と返された。
「あれは見せたんじゃないの! 見られちゃったの!」
と抵抗するも、
「じゃあそういうことにしといてあげるよ。可愛かったよ」
と全てがミラフォで打ち砕かれた。これだから無制限カードは。
 俺が横になったままベッドでパズドラをやっていると、レビアが俺の脚をなでりこなでりこしてきた。ベッドの隅で女の子座りをしているレビアの膝をなでなでして再びパズドラをしていると、またもレビアは俺の脚をなでりこなでりこしてきた。
 ふとレビアの顔を見ると、なんだか少し寂しそうな面持ちをしていた。
「どしたの?」
と尋ねると、
「……あのね、頼みたいことがあるんだけれど」
とレビアは口を開いた。
「言ってくれればいいのに。何? どんなこと?」
「うん、……ちょっといいかな」
 レビアは俺の傍に寄って、神妙な顔つきで告げた。
「あのさ。パクリコンさんってもうじき結婚するじゃん?」
「うん」
「だから結婚する前に……キスしてほしい」
 俺はレビアの目をじっと見て、ややあった後に口を開いた。
「それと同じことを、君が結婚するであろう半年前に俺が君に言うけれど、それでもいい?」
「……うん」
 レビアは俯きがちに答えた。
「ならよし。おでこでいい?」
「おでこは前にしてもらったから、おでこじゃないところがいい」
「……分かった」
 レビアのリクエストに応えるため、俺はレビアの両手をぐっと握りしめた。そしておもむろにレビアの腰を抱いて、ぎゅっと俺の身体の上に寝そべらせた。
「じゃあ、これで我慢してください」
と言って俺はレビアの左右の頬に接吻をした。挨拶のキスとは少し違うものになったけれど、レビアがこれで満足してくれるように、と優しい接吻を心がけた。
 ややあって、俺は、
「これで満足した?」
と言いながらレビアの顔を正面に向けようとした。

 とそのとき、お互いの口唇と口唇がふわりと触れ合った。

「ご、ごめん!」
 最初に口を開いたのは俺のほうだった。
「わざとじゃないんだ! ごめん……俺の不注意だった。ほんと、ごめん、ごめんなさい」
「パクリコンさん。あたしはべつにかまわないし、それに今のがわざとじゃないことくらい分かるよ」
「いや、それはそうなんだけれど……」
 俺はしどろもどろだった。レビアはそんな俺に告げた。
「わざとじゃないんだから、気に病まないで。今ので浮気だのなんだのという人なんていないよ。それにこんな体勢でいるほうがよっぽど変なんだから」
「それはまあ……そうなんだけれど……」
 レビアは俺を少しの間じっと見つめて、こう呟いた。
「パクリコンさんにとっては、そんなにランちゃんとの約束が大事なんだね」
「そりゃあまあ……約束だから……」
「誰も見ていない場所ですら、ちょっとくらい口と口でやったっていいとは思えないんだね」
「うん……約束だから……」
 レビアは俺の返答を聞くと、諦めたように微笑んで続けた。
「あたしは何も言わないから。こんなのただの事故か何かだと思って忘れるから。ね? あたしとパクリコンさんだけの秘密ってことにしとくから。ね? それでいい?」
「うん……ありがとう……」
 俺はレビアの上体を起こした。不自然なくらいにレビアの上体を起こすのに力が要った。
「パクリコンさんのは」
 レビアは俺の身体をまじまじと眺めながら続けた。
「割と大きくなるんだね。可愛い状態しか知らないから、なんだか意外だよ」
「え? 今の俺の体勢でも分かる?」
「うん。すんごい分かりやすい」
「……なおさら興奮するから、あっち向かせて」
 俺はレビアが視界に映らないほうを向いて、呼吸を整えた。
「その分だとランちゃんが早急に必要そうだね」
「そんな気がする」
 レビアは俺の脚をぽんぽんと叩いて、気楽そうに続けた。
「ま、ランちゃんが帰ってきたらお二人で思う存分愛しあってください」
「はい。お言葉に甘えます」
 そしてしばらくの間、静寂が部屋を包んだ。俺もレビアも口を開かなかったが、お互いとも何かを喋ることはあまりにも野暮だと感じていたようだった。

 ややあってランカシーレが帰ってきた。
「ランちゃん、おかえり!」
 レビアは立ち上がって、玄関のランカシーレのほうへと向かっていった。
「さっそくで悪いんだけど、パクリコンさんのこと慰めてあげて!」
「何の事です?」
 ランカシーレはいまいち事情を飲みこめていない面持ちでいたが、レビアの表情とベッドの上の俺の姿を見て悟ったようだった。
「……理解しもうしあげられました。私でよければ相手をしてさしあげますが」
「お願いします……」
 俺は我ながら情けない声でランカシーレに懇願した。

 ベッドの中にランカシーレを招き入れて掛布団でくるむ。
「さて。どうすればよろしいでしょうか」
「……むぎゅーってさせて」
 俺はランカシーレが頷くのを見るやいなや、彼女の身体を抱きしめた。俺は彼女の首元の匂いを嗅ぎ、鎖骨に口唇を打ちつけた。
「ちょっと眠たいから、しばらくこのまま居させて」
 俺はランカシーレを抱きしめたまま、時間が流れてゆくのを感じていた。
 俺の耳には、お疲れのようでございますね、という言葉が聞こえてきたような気がしたが、それを意識に取り込む前に俺は眠りの世界へと引きずり込まれていっていた。


 俺が目を覚ますと、時計の針は18時を過ぎたあたりにいた。ベッドに横たわったまま、俺は抱きしめたままのランカシーレに告げた。
「ごめん、ラン。寝ちゃってたみたい」
「はい。それはもう」
 目の前のランカシーレは困ったように笑いながら、同じくベッドの上に横たわったまま俺の頬を撫ぜた。
「俺から『ヤらせてくれ』って言ったくせに、俺がさっさと寝るだなんてなんだか……全くもって駄目だよな」
「お気になさらず。私はパクリコンさんの寝顔を見られたので満足ですので」
 ランカシーレは相も変らぬ調子でそう答えた。
「……あれ? レビアちゃんは?」
 俺はふとランカシーレに問うた。
「さあ? いつも私たちが愛を育む際には部屋を出てくださいますように、今日もパクリコンさんがお眠りになる少し前にお出かけになったようです」
「そうなんだ……。悪いことしたなあ……」
 俺がそうつぶやくと、ランカシーレは複雑そうな表情を浮かべた。
「私が帰宅する前に、レビアちゃんとは何をなさっていらっしゃったのです?」
「何って、……挨拶だよ」
「どのような挨拶です?」
「どのようなって、……ほっぺにキスだよ」
 ランカシーレは鼻をフンと鳴らし、大きく息を吸い込んで呆れたように言った。
「それで何故あれほどまでにお慰みをお求めになっていらっしゃったのです? たかがほっぺにキスごときで」
「それは……まあ……いろいろとあって……」
「具体的には?」
「相手がレビアちゃんだから……君みたいに肌が綺麗だからとかなんとか……」
 俺のたどたどしい言い分を聞いたランカシーレは、さらにもう一息鼻を鳴らした。
「よく御自制なさいました。褒めて遣わします。ですがいっそのこと、レビアちゃんとセックスなさればよろしいのに」
「えっ?」
 俺は思わず訊き返した。
「レビアちゃんとくらいセックスなさればよろしいのに、と申し上げました。私に慰められるまで待つくらいなら、いっそのことレビアちゃんに慰めてもらっていらっしゃればよろしかったのに」
 ランカシーレの表情からは真意が読み取れなかった。
「嫌だよ。なんでだよ。大体そんな思ってもない事を言うなよ」
「では何故過去にパクリコンさんは私に対して、レビアちゃんとセックスくらいしてもいいんだよ、だなどとおっしゃったのです?」
「それは……まあ……。君等は仲がいいし……それくらいしてもいいんじゃないかって思えたし……そもそも俺がそんなに気にしないことだから……」
 ランカシーレは小さく鼻息を鳴らして、俺の腕を掴んだ。
「でしたら全く同じ意図で私がパクリコンさんに、レビアちゃんともセックスなさればよいのに、と申し上げても何も不自然ではございますまいに」
「不自然だよ……」
 俺は言葉を捻り出しながら続けた。
「ランがそんなこと言うだなんてランっぽくないし、卑屈になってるのか俺のこと試しているのか知らないけれど俺がそれに絶対乗らないって分かってるだろうし、だいたい……」
 俺は一呼吸挟んで続けた。
「レビアちゃんとはそういうことをしたくないんだよ」
 俺の最後の一言を聞いたランカシーレは露骨に顔をしかめた。と同時に俺の腕を掴む力を強めた。
「何故です? 何故レビアちゃんとはそういうことをなさりたくないのです?」
「何故って……レビアちゃんは友達だか妹だかみたいな存在だからやりたくないだけだよ」
「友達だか妹だかにそこまで欲情なさるくせに?」
「そりゃ確かにレビアちゃんに対して性欲を抱かないかと言われたらそうでもないし、恋愛みたいな感情も無きにしも非ずだよ。だけれどだからってセックスするだなんてあまりにも考えが無さすぎる」
 するとランカシーレはことさら俺の腕を握る力を強め、荒い語気で問うた。
「ではパクリコンさんとレビアちゃんはどういったご関係なのです?」
「どういうって……友達、って表現したんじゃだめなの?」
「ではパクリコンさんは友達全員に対しそのような感情をお抱きになるのです!?」
「そんなことはないけれど……」
「ではお二人はどのようなご関係なのです!?」
 俺は観念して、ランカシーレに告げた。
「分からないよ。友達って言っても何だかしっくりこないし、親友や妹といった言葉でもどこか違うように思えるんだ。だから俺は特にレビアちゃんには肩書きを付けないでいるし、あの子に対する好意のようなものには『友達として』みたいな肩書き無しで、ただ単に『好き』ってだけでいる。……それじゃあだめかな?」
 そう言い終えて、俺はランカシーレの顔を見た。
 とてつもなく冷めた目でランカシーレは俺のほうを見据えていた。
「ではパクリコンさんとレビアちゃんは未だかつて人類が形容したことのない特別なご関係でいらっしゃると仰るわけでございますね」
 そう言うランカシーレの口調には全く抑揚が無かった。
「違う! そうじゃない! 俺はただレビアちゃんとの関係を表す適切な言葉を知らないだけだ! そこに何よりもずばぬけた特別さがあると言っているわけじゃない! こんなの単に俺の語彙が足りないだけだよ! ランが誤解しているような、崇高でキラキラした関係なんかじゃない!」
「ですが友達でもあり妹でもあり恋人でもあり性の対象でもあり、かつそのどれでもない存在に対する愛をお持ちだとパクリコンさんは仰る。さぞかしお二人は特別なご関係でございましょうね」
「違うってば! ラン、俺はそんな何にも勝る特別意識みたいなものを持ってなんかないって言ってるだろ!?」
 俺の精いっぱいの反駁にランカシーレは少しも応じなかった。俺がどうやってランカシーレを説得しようかと考えあぐねいたまま彼女を見ていたところ、ややあって彼女は大きく鼻息を鳴らした。そしてとても冷たい視線を放ったままただ一言、
「最低」
と、今までに聞いた中で一番低い声で返した。

 俺はランカシーレの肩をぐっと掴み、俺の方を向かせた。彼女の見下す視線が俺を貫く。
「ラン。そんなに特別特別って言うけれど、じゃあ俺が将来結婚するであろう君の存在は何なの? 特別どころか、世界でただ一人だけの存在じゃないの?」
 俺の問いに対しランカシーレは冷たい声で、
「誰でも結婚くらいしましょうに」
と答えた。
「ラン!」
 俺はランカシーレの肩を握る力を強めた。
「俺は君と婚約するときに、俺の人生を君と君との間に生まれるであろう子供たちのために費やそうと誓った! 俺の人生を君と君との間の子供たちのもにしようと決意した! だから今のこの時点で、俺の人生を使える唯一の存在は君だ! そして俺は君とともに君との間の子供のための人生を歩むことを、人生で一番大きなターニングポイントだと思ってきた! これからもそのつもりでいる覚悟が俺にはある! ……もちろんこんなの俺独りの勝手な思い込みだし、君の人生においてもっと重要なターニングポイントがあったってかまわない。だけれど……『これは誰彼もが当たり前のようにありきたりにやってることだ』ともし君が思っているのなら、そのことについて君といくらでも話してはっきりさせたい! どんなに時間を費やしてもいいから、君とそれについてだけは誤解のないようにしておきたい!」
 ランカシーレは何も答えなかった。
「ラン。君は本当に、俺が君に誓った約束が、ごくありふれた価値の無いものだと思っているの?」
「…………」
 ややあってランカシーレはつまらなさそうな表情で、
「いいえ」
とだけ小さな声で答えた。
「俺が生涯で唯一人生を注ぐ相手が君であることが、ごくありふれた行為だと思っているの?」
「…………いいえ」
 ランカシーレは目を背けながら答えた。
「俺の人生の中で、君以上に特別な存在が今現在いると思っているの?」
「…………いいえ」
 ランカシーレは少し俯いて声ともならないような声で答えた。
「ラン。君の中では、自分が特別であるためには他人が皆平凡な存在でなければならないと思っているの?」
「…………」
 ランカシーレの口はつぐまれたままだった。
 俺はランカシーレの身体を抱きしめ、彼女の耳元でささやいた。
「ラン。たとえ他人が皆平凡な存在であっても、必ずしもランにとって既知のカテゴリに当てはまるものとは限らない。全ての人をランにとっての既知のカテゴリに当てはめようとするには、今のランの持っているカテゴリはあまりにも大雑把すぎる。少なくとも、友達と恋人と家族と性の対象の4つだけで分けようとしたってうまくいく保証なんてどこにも無い。保証なんて無いのに、いざそのどれにも当てはまらない存在が現れたときに無理やり第5のカテゴリとして『何にも勝る崇高で特別な関係』なるものを作って当てはめるのはあまりにもやけっぱちすぎる。だからそうではなく、むしろ最初の4カテゴリへの振り分けが不充分であると考えるべきじゃないかな。だから……」
 俺はランカシーレを抱きしめる力を強めた。
「無理やり俺とレビアちゃんをセックスさせて、お互いをセフレみたいな関係にさせようとしているのならやめて。君の知らない今の関係より、君の知っているセフレの関係のほうがよっぽどタチが悪いってことに後悔しないうちに」

 ランカシーレはぐいと俺のほうを見た。先ほどまでの冷ややかな目ではなく、むしろ怒りのこもった恨みがましい目で。
「私は大変口惜しく感じられてならないのです! パクリコンさんはレビアちゃんとただのお友達などではいらっしゃらない! しかもお互いに恋人同士でもよさそうな関係でありながら、私が約束だと称して禁じたことを決してなさろうとしない! それどころかパクリコンさんの口から『セックスをしたくない』という言葉が出てくるくらいにお二人は肉体的な関係を必要としていない! その上お二人は一切の判断を私にゆだねようとなさるばかりか、お互いに気遣いなさりあったり心配なさりあったりと心をお通わせになっていらっしゃる!」
 ランカシーレは俺の胸部の服を掴んだ。
「私はパクリコンさんとそのような関係を持ったことがございません! 私はパクリコンさんに関するすべてを手に入れたいというのに、一番肝心なところを手に入れることができないままでおります! おそらく私は今後一生パクリコンさんとそのような関係を持つことはできないでしょう! なぜなら私はパクリコンさんにとっての一番の存在となってしまったから! 一番という特別な存在になってしまったがばっかりに!」
 ランカシーレの声は次第に激昂を帯びていった。
「あんまりでございます! 何があろうと手に入らない関係だなんて! こんなことならいっそのこと、できることなら私とパクリコンさんの関係を一切の無に戻してしまった後に何もかもを再び手に入れさえすれば、すべてが私のものに――」
「ラン! もういい、やめるんだ!」
 俺はランカシーレを両腕を握った。俺の胸の中でランカシーレは荒い呼気を吐いていた。乱雑な呼吸音がランカシーレの口腔から洩れる。
「ラン。一旦落ち着こう。ね?」
 俺はランカシーレの背中に手を回した。ややあってランカシーレは「はい」という無声音とともにうなずいた。
「ラン。今から俺は君に二三尋ねるけれど、声を出さずにうなずくか首を横に振るかしてくれる?」
 ランカシーレは何も言わずにうなずいた。
「ラン」
 俺はランカシーレの背中の体温を感じながら尋ねた。
「俺と君が付き合う前のことを覚えている? あの頃の俺とランの関係は、今の俺とレビアちゃんのような関係だった?」
 ランカシーレは首を横に振った。
「うん、俺も同感だ」
 俺はランカシーレの背中をそっと撫ぜた。
「じゃあ次。今まで俺と付き合ってきた中で、君が今渇望している関係に相当する感覚を抱いたことはある?」
 ランカシーレは再び静かに首を横に振った。
「うん。だって俺も君も他の誰からも束縛されていないし、何も制限を受けていないものね。だから俺も君も、お互いにやりたいと思ったことを今までずっとやれてきた。手に入れようと思えば何でも手に入れることができつづけた」
 俺がランカシーレの背中をそっと押さえると、ランカシーレの呼吸は静かになった。
「じゃあ最後。俺と君が初めて出会ってから今に至るまで、君が俺とそういった関係を持つという感覚を抱いたことはない。それと同じくして、俺も君とそういった関係を持つという感覚を抱いたことが無い。これはどうだろう?」
 ランカシーレはうなずきもしなければ、首を横に振りもしなかった。
「君が思っていることも分かる。俺は今レビアちゃんとそういう関係だもんな。だから……ちょっとレビアちゃんの話をしてもいいかな」
 ランカシーレはわずかに首を縦に振った。
「レビアちゃんとは確かにそういう関係だけれど、逆に言えばレビアちゃんという存在はそれ以外のなにものでもない。君が知っているカテゴリのどれにも当てはまらないのだから、俺はレビアちゃんを何とも形容することはできないんだ。友達でも、家族でも、恋の相手でも、性の相手でも、またそのうちの複数にまたがるようなものでもない」
 俺の話をランカシーレは何も言わずにただただ聞いていた。
「あの子とは確かに最初は友達だった。出発点が『友達』であるという意味では君もあの子も同じだ。だけれど――君が渇望する関係を持つレビアちゃんという存在は今や、それ以外の関係を一切持たない存在なんだ。俺は君とは恋人でもあり、友達でもあり、家族でもあり、性の相手でもあるという感覚がある。でも――あの子にはそれらが無い。全くの赤の他人ではないというのに、そのどれにも属さないという存在なんだ。君の持つすべてを、あの子は一切持っていない。――何故なら、俺には君がいるからだ」
 ランカシーレは顔をあげて俺を見た。気付けなかったものに気付いた時の、彼女独特の表情を浮かべながら。
「ラン。俺の全てを君にあげるから、レビアちゃんのことを拒絶しないであげて。俺は君の物になりたい。でもレビアちゃんと今の関係に無い俺を君が手に入れたところで、そこにはきっと俺の全ては無い。今の俺が、俺の全てだ。だから――レビアちゃんの存在を浅はかな理由でレビアちゃんじゃないものにしないで」
 ランカシーレはだまって聞いていたが、やがてぽつりと、
「レビアちゃんがいないと俺は俺じゃない、だなんて……まったく」
と呟いた。しかしランカシーレは静かにこう続けた。
「ですが……パクリコンさんが今のパクリコンさんでないとパクリコンさんの全てを手に入れることはできませんでしょう。他の誰かとともにいることで初めて持つことのできる性質というものはございますし、それがまさに私が唯一パクリコンからは得られないものでございましょう。それを私は欲しい欲しいと言いながらも、心のどこかで独占欲が働いて『手に入らないならいっそ消滅してしまえばいい』だなどと願っておりました。まったく……せっかくパクリコンさんが全てをくださろうと仰っていらっしゃるというのに、愚かしいことを考えておりました」
 ランカシーレはそう言ってパクリコンの目をじっと見た。悔いを浮かべたハシバミ色の視線が俺を射抜く。
「パクリコンさん。私が不躾で浅慮であったことをお許しください。私は決して、パクリコンさんが婚約の際におっしゃってくださった言葉を無価値なものだとは思っておりません。それどころか、私はあの言葉を何にも勝る私の宝物として一生胸に留めて過ごすつもりでございます。私がその場の気分に流されて『誰でも結婚くらいしましょうに』申してしまったことを取り消すよう、どうかお命じください」
 ランカシーレはしゅんとした顔になり、やや目を伏せた。
「……それともパクリコンさんは私が相手ではお嫌でしょうか」
 俺はそう言うランカシーレをぎゅっと抱きしめて、耳元でささやいた。
「嫌じゃない。むしろ安心したよ。ランはやっぱりランだ。今日君が口にした言葉の中で本意ならざるものがあったら取り消して。……もちろんどの言葉が本意でないのかは簡単に分かるから、今は言わなくていいからさ」
 俺はそう言ってランカシーレの頭を撫ぜた。ランカシーレは目を細めて俺に頬擦りした。
「パクリコンさんは、こんな私で本当によろしいのですね」
「こんな君でいいんじゃない。こんな君がいいんだ。ありのままのランに俺の全てをあげたい」
 ランカシーレはその言葉を聞いてしばらく黙っていたが、やがて鼻をすすって口を開いた。
「パクリコンさん、一つだけ心残りがございます。これだけは申し上げさせてくださいませ」
「うん。何?」
 ランカシーレは小さなしゃっくりを一つ押し殺して、こう告げた。
「パクリコンさんに対し最低だなどと申し上げてしまった私の心の汚らわしさを、どうぞお忘れにならないでください」
 ランカシーレはとくりとくりと胸を震わせていた。それを身体で感じながら、パクリコンは答えた。
「どうであれ、ランはランだ。俺はランの全てが愛おしい。心がどうであれ、何を言うにせよ、ランがランであることには変わりない。俺はランがランであれば、もう何も言うことないよ。ありのままの君でいてほしい」

 ランカシーレは俺の胸に顔をうずめた。ときおり肩を震わせながら何度も何度も俺に詫びた。涙で声にならない声をあげながら、ランカシーレは俺の胸の中で泣きじゃくった。
 そんなランカシーレが詫びるたびに、俺はランカシーレの頭を撫ぜた。そっと、優しく、宥めるように、慰めるように。

「ランもレビアちゃんとそういう関係になれたらいいのにね」
「そうでしょうけれど……私はレビアちゃんに対して恋愛の感情なるものを抱いたことはございません」
「レビアちゃんからは何度も迫られたことがあるのに?」
「んもう……! あのようなことを思い出させないでください……!」
 そういって涙ながらに照れるランカシーレは、何よりも愛おしい笑顔を浮かべていたのであった。

(おしまい)

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Author:パクリコン
ピチロの世界の住人。

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