白雪姫、改。後編2

 ランカシーレを逃がしたという臣下を小人たちは家に運び込んできました。

ランカシーレ「外の寒さにやられていらっしゃいます。暖かくいたしましょう」
ロン「はわわわ、暖炉はこれ以上熱くならないぞ!?」
ライキチ「雨戸とカーテン締めりゃいいんだよ。熱伝導方程式を考えたら分かることだ」
ロン「こここここの時代に熱伝導なんちゃら式はまだ無いぞ!?」
ライキチ「いや、ある」
ロン「断言!?」
 ロンとライキチがカーテンを閉じたり雨戸を閉めたりと走り回っている中、ランカシーレと4人の小人たち――レビア、ヒジリ、ラー、ワイ――は『臣下の者』を囲んでいました。『臣下の者』はブロンドの髪に端正な顔立ちの男性で、立派な服に身を包んでいました。
レビア「ちょくちょくこの人のまぶたがぴくぴくしてる」
ヒジリ「目を覚ますまでもうちょいみたいですね」
ラー「これで目を覚ましてくれなかったら既に死体だってーの」
ワイ「にしてもなんでこんな森の中にいたのかさー……?」
 すると小人たちの声に気が付いたのか、『臣下の者』はうめき声を上げながら目を覚ましました。
ランカシーレ「良かった! お目覚めになりましたか、エルヴィン!」
レビア「……あ、この人ってエルヴィンって名前だったんだね」
ヒジリ「あー、やっぱり」
ラー「そんな気がしてたってーの」
ワイ「予想を裏切らない展開なのさー」
 するとエルヴィンは上体を起こして辺りを見渡しました。
エルヴィン「ここは一体……? ハッ、ランカシーレ王女殿下! 何故このようなところに!?」
ランカシーレ「私がお尋ねしたいのは寧ろ逆でございます! 何故エルヴィンがこのような森で倒れていらっしゃったのです!? てっきりあれから私をお逃がしになった後に王城で良きに計らってくださったものと思っておりました!」
エルヴィン「そうしたかったのですが……」
 エルヴィンは口をつぐんでしまいました。
ランカシーレ「エルヴィンはあの後『ランカシーレを殺した』とおっしゃって父をお騙しになれたのでございましょう!? エルヴィンほどの手練れの者がその程度のごまかしをなされないはずがございません! それとも何かエルヴィンですらどうしようもないほどの事態が生じたのでしょうか!?」
エルヴィン「簡単に言いますと、後者です」
 エルヴィンは淡々と、そして苦々しげに続けた。
エルヴィン「私はランカシーレ王女殿下を逃がした後に王城に帰り、豚の内臓をもって国王陛下にお目にかかりました。豚の内臓を見せて、これがランカシーレ王女殿下を殺した証拠であるとの旨を述べました。その日はそれで国王陛下も満足されていたようなのですが……その二日後に国王陛下が私を呼びつけました」
 ランカシーレはごくりと生唾を呑みこみます。
エルヴィン「国王陛下は緊迫した表情で私に命じました。ランカシーレ王女殿下の死体をそっくりそのまま持って来い、と。そのときはなぜ国王陛下がそのような命令をするのかはわかりませんでしたが、国王陛下はたいそう焦っていました。私が、ランカシーレ王女殿下の死体はすぐに取り戻せる場所にない、という旨を国王陛下に告げると、国王陛下はぶつぶつ言いながらご自分の髪をぐしゃぐしゃにしつつ私に下がるよう命じました。しかしそのままでは何も事態が呑みこめないので、私は国王陛下の部屋の天井裏に自らを這わせて盗み聞きを働きました。その結果、国王陛下が何者かと取引をしているところを耳にすることができました。国王陛下は取引相手にこう迫られていました。ランカシーレ王女殿下の死体を確認できなければ、国王陛下の新しい御婚礼は無かったことにする、とのことでした」
ランカシーレ「新しい御婚礼!? 父は再婚でもなさるのです……!?」
エルヴィン「そうです、ランカシーレ王女殿下。その手筈が整うはずだったのです。『もしランカシーレ王女殿下が完全にこの世から消えてしまっていれば』の話ですが」
 エルヴィンはぽつりぽつりと話をつづけました。
エルヴィン「御婚礼のお相手は隣国の強大なオストシュタット国の第四王女であるリーゼ王女殿下です。我が国の国王陛下がもしリーゼ王女殿下と結ばれれば、ゆくゆくはオストシュタット王室の血が流れる世継ぎがお生まれになることでしょう。そうなればオストシュタット国に対する我が国の発言力も高まり、同時にオストシュタット国の経済、農作および工業などを我が国に取り入れることもできましょう。そうすれば我が国はオストシュタット国の力を借りて発展することが可能となります。……しかしそれはあくまで我が国から見たときの話であり、オストシュタット国は我が国に一切の興味を持ってはいません。それもそのはず、我がゴットアプフェルフルス国は農業と漁業こそ盛んなもののずば抜けた畜産や採掘物があるわけではありません。資源も少なく、自給自足を維持することがやっとの国……それが我が国です。それゆえにオストシュタット国の王は我が国にリーゼ王女殿下を嫁がせようとは考えていませんでした」
 エルヴィンはそこで一息つき、皆を見渡します。
エルヴィン「ですが我が国王陛下はリーゼ王女殿下を嫁がせるために充分な準備を行いました。リーゼ王女殿下が暮らしやすいようにと街を変え、村を変え、税を変え、法を変え、そして――人ならざる者を追い出す令を出すに至ったのです」
 エルヴィンの言葉に小人たちは互いに顔を見合わせました。エルヴィンは続けます。
エルヴィン「そしてオストシュタット国からの最後の条件が『ランカシーレ王女殿下の存在を消すこと』でした。オストシュタット国からすれば、大事な王女をこぶつきの男のもとに嫁がせるわけにはいきません。それと同時にオストシュタット国側には『このような無理難題を課せばさすがのゴットアプフェルフルス国の王も諦めがつくだろう』という意図もありました。しかし――結果は残酷なものです。国王陛下は私にランカシーレ王女殿下を殺すよう命じました」
ライキチ「……じゃあこれでオストシュタット国からの条件は全て満たされた、ってことになっちゃったのか?」
 ライキチの問いにエルヴィンは首を振りました。
エルヴィン「オストシュタット国はランカシーレ王女殿下の死体を見せるよう要求してきました。それもそのはず、『死んだ』と言うことなど誰にでもできるからです。なので決定的な証拠となるランカシーレ王女殿下の死体が急遽必要となりました。国王陛下は慌てました。国王陛下は私にランカシーレ王女殿下を殺した場所を吐かせて、必ずやランカシーレ王女殿下の死体を探そうと考えていました。私は国王陛下に命じられ、兵達とともにランカシーレ王女殿下を殺した場所なるところへ連れて行き、ランカシーレ王女の死体を探させました。……しかし死体など見つかるわけがありません。なぜならランカシーレ王女殿下は生きていらっしゃるのですから」
 ランカシーレは気の毒そうな顔で溜息をつきました。エルヴィンは悲しそうな顔で続けます。
エルヴィン「やがて猛吹雪になり、兵達は私を見失いました。その隙にと思い、私は兵達から逃げてこの森をさまよっていました。しかしこの森は小人の住むという得体のしれない森、私ごときがまっとうに道を歩めるわけがありません。やがて吹雪の中、寒さに体力を奪われて気を失ってしまいました。これで息絶えるのであればランカシーレ王女殿下の生死たるや誰にも確認もできまい、という思いもありましたので悔いはなかったのですが……そんな私は幸いなことにランカシーレ王女殿下および小人の方々に助けられました。ほんとうにありがとうございます」
 エルヴィンは深々とこうべを垂れました。
ランカシーレ「そういうことでございましたか……。父が私に性的な暴力を散々ふるっていたのも、私のことを邪魔で邪魔でしかたのないコブのようなものだとみなしていたからこそのことだったのでしょうね……」
ヒジリ「もうほんとランカシーレさんの父親はどうしようもない人ですね」
ライキチ「自分さえよければ娘や国民はどうなってもいいのかよ」
ラー「無茶ばっかりしやがる野郎だってーの」
ワイ「それに振り回され続けてきたランカシーレとエルヴィンが可哀想なのさー」
ロン「……」
レビア「それで少し気になったのだけれど、ランカシーレさんがこのまま逃げ隠れ続けた場合には最終的にどうなるの?」
エルヴィン「おそらくはオストシュタット国との婚礼の約束は破談、下手をすればオストシュタット国に無礼を働いたということで圧力さえかけられてしまうことでしょう。この国の経済や農業、漁業などが衰えるだけでなく、関税を主とした様々な国交手段の展開が考えられます」
レビア「一方で、もしランカシーレさんが今から王城に帰って『煮るなり焼くなり好きにしろ』と言えば、オストシュタット国との婚礼は成立する、ってことだよね」
エルヴィン「はい……。ですが……そうなるとランカシーレ王女殿下は確実に……」
ライキチ「……なんという二択だよ……」
 ライキチは頭を抱え込みました。
ライキチ「このままいくか、ランカシーレさんを突きだすか、だが……このままだったら確実に俺達の居場所がなくなっちまう。それも森単位じゃなく、国単位で、だ」
ヒジリ「かといってランカシーレさんを帰すわけにもいかないじゃないですか。殺されると分かって帰すだなんて、私にはできませんよ」
ラー「ランカシーレさんをまったくもって人として扱っていない国のやり方にはまったく納得ができないってーの」
ワイ「国を取るかランカシーレさんを取るかって話なら、おれっち達を見捨てた国を助けてやる義理なんてないのさー」
ロン「はわわわわだけれど国にはたくさんの人がいるじゃないか!? それもふくめて俺達の私情で決めちゃっていいのか!?」
ライキチ「こんなの……結論出るかよ……。かといって結論を出さないままだと確実に二つの選択肢のうちの一つになっちまうんだよな……」
 皆はうんうん唸っていました。そのときレビアがふと口を開きました。
レビア「ちがう。二択じゃない」
ライキチ「え?」
 ライキチはレビアの顔を覗き込みました。レビアは続けました。
レビア「ランカシーレさんも死なず、この国も守る。両方やる方法が一つだけある。それは……ランカシーレさんがこの国の女王になることだ」
 一瞬の静寂が小人たちの家を支配しました。
ライキチ「女王になる、って……!?」
レビア「この国では王女にも王位継承権がある。そうだよね?」
エルヴィン「はい、そう典範に記されてあります」
レビア「だったら死ぬべきはランカシーレさんじゃない……。ランカシーレさんの父親である、この国の王だ」
 ふたたび一瞬の静寂が小人たちの家を支配しました。
ライキチ「そ、そんなことできるか! 反逆罪どころの話じゃなくなるぞ!?」
ラー「俺等にそんなことできるわけないってーの!」
ワイ「規模で既におれっちたちは負けているのさー! できっこないのさー!」
ヒジリ「ランカシーレさん一人の問題に何故私達まで巻き込まれないといけないんです!?」
レビア「これはもうランカシーレさん一人の問題じゃない!」
 レビアはヒジリの目を見て告げました。
レビア「これはランカシーレさんによってこの国の運命が左右される問題なんだよ! ゴットアプフェルフルス国の工業や経済がオストシュタット国の一部になるか、はたまた外圧をかけられるか、それともランカシーレさんを含むあたし達自身の力でこの国を変えるかなんだよ! そう考えたときに、これらの選択肢の中でここにいる皆が幸せになれるものはどれ!? ここにいる皆だけじゃない、この国の街、国に住む全ての人が幸せになれる選択肢はどれ!?」
ヒジリ「それは……」
ライキチ「そう言われると……」
ラー「そりゃあ……」
ワイ「話は違ってくるのさー……」
 皆はしどろもどろな返答をしました。レビアは続けます。
レビア「……うん。そりゃあ大事なのは分かってるし、ちょっとやそっとでできることだなんて思っていない。でもね、ランカシーレさんは既に答えを決めているみたいだよ」
 皆はランカシーレのほうを見ました。ランカシーレは決意をともした目で皆を見てこう告げました。
ランカシーレ「私はこの国を守りたく存じ申し上げます。ずっとこの国で自給自足の暮らしを続け、他の国には無い伝統と誇りを持ち、土地を愛し、土地とともに生きてきた私達がそう簡単に私達の土地を穢させてよいものでしょうか。私はこの国の伝統を愛しております。土地に根付いた人々の精神の積み重ねであるこの国の伝統は、この国の宝です。私はこの国を守りたい、この国をあるべき姿のままで残していたい。そう強く願います。ですから……力を貸していただけないでしょうか、レビアさん!」
レビア「言ってくれるじゃん! それでこそランカシーレさんってもんだよ!」
 手を取り合う二人の姿を見て、他の小人たちも言いました。
ライキチ「そうだよ、俺達が平和に住める町にしてしまえばいいんだよ!」
ラー「俺達が町で暮していた頃のように戻せばいいだけだってーの!」
ワイ「もうこれ以上この町を……この国を穢させはしないのさー!」
ロン「うむ、俺もランカシーレさんには協力を惜しまないつもりだ。だが皆少し待ってくれないか。一人だけまだ答えを出しかねている者がいる」
 皆はヒジリのほうを見やりました。
ヒジリ「……答え……なんて……ここまできたら……皆に合わせるしかないじゃないですか……」
ロン「いや、そんなことはない。俺達に合わせる必要が無いどころか、ヒジリはヒジリで一番良いと思うことをやればいい。少なくとも俺はそうすべきだと思う」
ヒジリ「……」
 ややあってヒジリは口を開きました。
ヒジリ「……私はいまだにランカシーレさんがこのまま隠れ続ければいいとしか思えません。そうすることで皆は確実に安全に生き延びることができるからです。私にはここに住む仲間やランカシーレさんも含めて、危ない目にあわせる選択肢を選びたくはありません。この国のことを考えても……やはりどうしても……」
ロン「分かった。皆まで言わなくても、ヒジリの意見は理解できた。……みんな、ヒジリのことを恨んだりするな。俺達はたしかに今まで一緒に暮らしてきたが、何もかもが同一でなければならないという決まり事なんて無い。否、そんなものを作らないからこそ俺達の暮らしは成立してきたんだ。これから一時期離れ離れになることもあるかもしれないし、無事に済むという保証は必ずしも存在しない。だが、忘れるな。俺達は必ずこの家に帰ってくる。それだけは約束しようではないか」
レビア「もちろん!」
ライキチ「そのとおりだ!」
ラー「当たり前だってーの!」
ワイ「やったるのさー!」
 皆の声を背に受けつつも、ヒジリは何も言いませんでした。
ロン「そしてだな、皆は確実にひとつ大切なことを忘れていると思うのだが……今言ってもよろしいか?」
ライキチ「なんだよ?」
 ロンは静かに言いました。
ロン「これまでの経緯をパクリコンは一切知らない。誰かちゃんと話すべきだとは思うんだが、どうだろう?」
レビア「じゃあ、あたしが話す」
ライキチ「……だろうな」
 レビアは立ち上がりました。
エルヴィン「みなさん……! ありがとうございます! このエルヴィンも協力を惜しみません! 王城内の地図、警備の人数、時間帯、場所、その他すべての王城に関する情報をもって策を講じましょう!」
「「「「「おっしゃぁーっ!」」」」」
 皆が歓喜の声をあげる中、レビアはパクリコンの眠っている部屋へと向かおうとしました。すると廊下に出たところでレビアはヒジリに裾を引っ張られました。
レビア「なに?」
ヒジリ「あなたがパクリコンさんに話したら、確実にパクリコンさんは乗り気になるじゃないですか。そんなのでパクリコンさんが冷静な判断ができると思っているんですか?」
レビア「あたしがどんな伝え方をしようとも、パクリコンさんは乗り気になると思うけれどね」
ヒジリ「……何故です?」
レビア「パクリコンさんはランカシーレさんにぞっこんだから」
 その言葉を聞いて、ヒジリは何も言えませんでした。どことなく得意げな表情をしながらパクリコンの寝室に入るレビアを見送りつつ、ヒジリは居間へと戻っていきました。
ヒジリ「そうなんでしょうね……」
 ヒジリは誰ともなしにつぶやきました。

ライキチ「ところでエルヴィンが丁寧語を喋っているとすんごい違和感を覚える」
エルヴィン「何故です?」
ラー「何故もなにもないってーの」
ワイ「普段の行いなのさー」
エルヴィン「何の事だか、私にはわかりません」
ライキチ「その一人称が私ってのもなあ」
ロン「待て、皆。偏見をもって人と接する様からは相手の人となりを理解しようとする姿勢が見えない。もっと客体的な心で接するべきだ」
「「「お前が一番変だっつーの!!!」」」

(つづく)

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