吐露

 ランが今まで隠してきた秘密を打ち明けてくれた一日だった。

 レビアがうちに泊まらなくなって数日が経った。
 ランと二人で眠るベッドが妙に広く感じられる。これからは人目を気にせず全裸で牛乳を飲んだり全裸でツイッターをやったりできる、と考えると解放感があるよう思えるが、それでも俺はレビアの目を気にして全裸になれないままでいるほうが好きだ。

 ランは生理のためベッドの隅っこでうずくまっていた。ときおり身体をよじらせながら悶えていたので相当つらそうに見える。俺は子宮を持たない身だからその苦しみを理解してやれないが、いつでもその子宮を苦しみごと受け入れる覚悟でいる。
 無論、生理なんて俺が止めてやればいいだけのものだ。その十月十日後に生理とは比べものにならないほどの苦痛を得ることになるが、その分得られるものが相当大きいのできっとランなら分かってくれる。
 分かってくれるというより、俺なんかよりランのほうがそのことをよっぽど分かってる。教えを請わねば。



 夜遅くのこと、ランがこれまでの秘密を話してくれた。
 最初はランが「私は私を他の人と比べて勝っているだの負けているだのと評しておりました。私に比べて劣っている人には見下し、勝っている人には近寄らないようにしておりました。ですが世の中には、勝ち負けにこだわることなど意味が無いと思える人がいらっしゃいました」と言っていたのが始まりだった。
「レビアちゃんに対しては強くそれを感じます。あの子は私の知らないことをたくさん知っていらっしゃいますし、ずば抜けた行動力をお持ちであり物事を為す潜在力に長けていらっしゃいます。私はずっとあの子と仲良く暮らし、ともに高め合い、良き励みになる友として接したいとここ数年では常々思っておりました。パクリコンさんの初恋の相手であるエイミーちゃんにも、もはや勝ち負けなど考えたくございません。私はどうあがいてもエイミーちゃんの代わりにはなれませんし、代わりになろうだなどとおこがましいことを考えてすらおりません。ずっとずっとエイミーちゃんへの思慕を抱くパクリコンさんとともに過ごす際に、今では嫉妬や苦痛などを抱かなくなりました。コヨさんもそうです。コヨさんは私の良き姉のような存在であり、性質は私と正反対ではございますがコヨさんのずば抜けた知性と何事をも貫く意志には学ばされてまいりました。私のお母さんやユカリさんといった、私を守って下さった方々にも感謝の念でいっぱいです。そこに勝ちも負けもございません。……私はそういった方々と出会えたことで多くの大切なことを気づかされました」
 ランはそう言ってぎゅっと布団の中で丸くなった。俺はランを撫ぜながら「いいことじゃん。ランが心を許せる相手ってそういう人たちなんだろうね」と相槌を打っていた。しかしランが黙りこくったまま何も言わなくなったので、違和感を抱いた。
「ねえ、ラン。俺に対してはどうなの?」
と俺は何気なく尋ねた。てっきり「もちろんパクリコンさんもそういった方々です。当たり前のことだと思って言うのを忘れておりました」といった返答が為されるものと思っていたら、全然違った。
 ランは頑なに布団にくるまったままこう言った。
「……私が何故パクリコンさんと付き合っているか、パクリコンさんはご存知でしょうか」
「えっ?」
 俺は虚を突かれてしばし言葉を失った。
「それはランが俺と初めて出会った時にとても優しくってさ……。いろんな話をしたし、俺にいろいろとアドバイスをくれたし、ランが昔のことを話してくれたのも嬉しかったし、そんなランのことを俺は好きだし――」
「というのはパクリコンさんの事情であり、私の事情ではございません。私は何故パクリコンさんにそのように優しい言葉をかけたりアドバイスをしたり昔のことを話したりしたのでしょうか」
 ランの言葉に俺は「それは……さあ……?」と絶句した。ランは続けた。
「今まで申し上げてきたとおり、私はずっとずっと父親から酷い目に遭わされて生きてまいりました。私には常に父親という敵がおり、その敵から常に見下されておりました。父親からだけではございません、私の生まれのせいもあり私は様々な人から見下され続けてまいりました。なので私はずっと社会の底辺で過ごしてまいりました。もはやこの世界には私より下の者などいないのだ、と……私より下などいない、と思っておりました。――パクリコンさんと出会うまでは」
 ランの言葉はいつもと違った口調であり、妙に力んだ声色だった。
「四年前にパクリコンさんとお会いしたとき、パクリコンさんの実情を理解しえました。見捨てられ、這いつくばり、一歩前へ進むことすらためらっていたパクリコンさんのことをどうして見捨てられましょうか。私はパクリコンさんに対して真っ先にこう思いました。――この人なら私は見下せる、と」
 ランはランの声とは思えないくらいに低くくぐもった声で続けた。
「パクリコンさんは私が唯一見下せる相手であり、私が玩具としてもてあそべる相手であり、私がいくらでもいじくり倒せる相手でございました。その証拠に、私がちょっと優しい声をかけただけでパクリコンさんは私を褒め、ちょっと涙を見せただけでパクリコンさんは私を慰め、ちょっと弱音を吐いただけでパクリコンさんは私を励ましては味方になってくださいました。私はそれらのようなときにこう直覚しました、『なんだ、この人は所詮この程度なのか』と」
 ランは押し殺したような声のまま、壁のほうを向きつつ続けました。
「私はこの玩具を手に入れようと思いました。やり方は簡単です。当時パクリコンさんが付き合っていらっしゃった方に対する批判を下すことで、パクリコンさんの胸の内に『あいつとはやっていけない』という溝を作るだけです。何度も、何度も。私はヒジリさんのことを幾度もこき下ろしました。言葉の体裁は整えてはあったものの、実情としては『子供の産めないヒジリさんに何の価値も無い』『パクリコンさんのことを本当に分かっている私をパクリコンさんは選ぶべき』というものばかりでした。その結果案の定パクリコンさんとヒジリさんは――まあヒジリさんから行為に及んでくださった事には多少なりとも驚きましたが――別れました。その後あっという間にパクリコンさんは私を迎えてくださいました。……チョロいものです」
 ランの声は少しの休符を挟んだ。
「その後はパクリコンさんは私の玩具そのものでした。何に付けてもパクリコンさんは『ランのためなら』とか『ランがそう望むのなら』と仰い、私の言いなりになってくださいました。私は完全に私の物となったパクリコンさんを見下し、どこまでこの底辺の住人は私の言いなりになるかを試しておりました。どこまでやれば玩具は壊れるのか、という興味本位の思いしかございませんでした。……所詮パクリコンさんは私にとって、世界で唯一の『その程度の人』でしかなかったのですから」
 ランは頭を少しかがめて続けた。
「やがてレビアちゃんがやっていらっしゃいました。レビアちゃんはすぐに私の本質を見抜き、『このままじゃダメだよ』と仰いました。パクリコンさんはそれを聞くや『君にランの良さが分かるわけがない』とつっけんどんにお答えになり、レビアちゃんを追っ払ってくださいました。全てが予定通りです。パクリコンさんはそこまでして私に見下されることを進んでなさろうとする、立派な底辺の住人でございました。その後もパクリコンさんはそうありつづけるであろう、と本気で思っておりました。――パクリコンさんがレビアちゃんと理解し合うまでは」
 ランは布団をぎゅっと掴んで引き寄せ、続けた。
「パクリコンさんとレビアちゃんの間に何があったかは存じておりません。ですがある日を境に急にパクリコンさんとレビアちゃんの間にあった壁のようなものが無くなったことにはすぐに気づきました。パクリコンさんとレビアちゃんは妙にお互いに優しくなり、親しげな物言いをなさり、思いやりもし、ときには私からレビアちゃんをかばうようなことすらパクリコンさんはなさるようになりました。私にとってはまったく面白くございません。そして何よりも面白くなかったことは、レビアちゃんが仰っていたことでした。――『ランちゃんがそんなままだったら、あたし本気でパクリコンさんをランちゃんから奪うよ!?』」
 ランの声色は一瞬だけ、あの黒髪の少女のそれに似ていた。
「私は急に恐怖を抱きました。私からパクリコンさんが奪われてしまったら、私には見下せる者がいなくなります。遊べる玩具がなくなることがどれだけ私に焦燥感を与えたことか。何が何でもパクリコンさんを奪われないようにせねば、と思うものの、その甲斐も虚しくパクリコンさんはレビアちゃんの言葉に真剣に耳を傾けるようになります。最早嫌われるのも時間の問題か、と思うにつけて、とめどない恐れに心がおしつぶされそうになりました。……ですが私はふと思いました。何故私はたかが玩具ひとつにこれほどまで恐怖を感じなければならないのか、と。たかが玩具ひとつでうろたえるだなんておかしい、と。……けれど私はどうあってもパクリコンさんを手放したくはないという思いを打ち消せませんでした。しばらくの間、その逆説的な思いを私は理解できませんでした」
 ランはぐっと唾を呑みこんで続けた。
「あるとき私は気付きました。パクリコンさんが私に接してくださる中で、私の中で少なからずパクリコンさんが私に対して抱いている想いと同じ質の想いが形作られているのではないか、と。パクリコンさんが私に与えてくださっていたものと同じものを私も与えようとしているのだ、と。そのときになって初めて『こんな私がパクリコンさんと付き合っていてよいものか』という疑問を抱きました。もちろん普通に考えて『よいわけがない』という答えしか出てきません。もちろんパクリコンさんはこの私の気持ちを知らないはずではございましたが、あれだけ私をご覧になっていたパクリコンさんが私のこの本質に全く気付いていないとも考えられませんでした。誰がどう見ても、こんな私よりレビアちゃんのほうが圧倒的に素晴らしくできた人でしょうに。パクリコンさんは私のこの欺瞞に満ちた心を理由にレビアちゃんをお選びになった方がよっぽど幸せになれることでしょうに。……それでもパクリコンさんが私に接してくださった理由を、私はいまでも存じません」
 ランは震える呼気を壁に恐る恐る投げかけた。
「やがて私はパクリコンさんに対してとてつもない恐怖を抱きました。パクリコンさんは私からの愛情があるものと信じて愛してくださいます。もしその愛情なるものが私に存在しないどころか、私の中にもっと汚穢なものがあったと知ったならパクリコンさんはどのようなことをお考えになるか……想像しただけで身の毛がよだつ思いでした。したがって私はパクリコンさんにせめて愛情なるものを与えてみようと試みました。しかしできるわけがありません。私には愛情なるものを誰かに与えた経験など無いのですから」
 ランは浅い息を整えながら続けた。
「見様見真似で愛情表現なるものを試みたことはございました。ですがどうしてもうまくいきませんでした。それもそのはず、そのような付け焼刃でなんとかなるものではないのですから。私は途方に暮れました。パクリコンさんに言われるがままにともに過ごして年月を経ても、私は私とパクリコンさんの間にある関係について靄を掴む思いでいました。私は悩みました。もういっそのことパクリコンさんはレビアちゃんと結ばれたほうが幸せであろうとも本気で思いました。なので私が今まで『レビアちゃんと愛を育みなさればよろしいのに』と申し上げたことは全て本当にそう思ったがゆえの言葉でございました。相手はレビアちゃんだけではございません。リーゼさんであれエイミーちゃんであれコヨさんであれ、到底私などよりずっとずっと優れた方はいらっしゃいます。それでもなおパクリコンさんが私をお選びになるのであれば、せめてパクリコンさんに不自由ないようにと私はやれることをやろうと思いました。……大変ぎこちない様ではございましたし、さぞかし滑稽な様でございましたことでしょう」
 ランはスッと荒く息を吸って続けた。
「私はそのような中で悟りました。私はレビアちゃんをはじめエイミーちゃんやコヨさんには到底及ばぬ存在である、と。レビアちゃんのように、見下す見下されるといった関係に当てはまらない存在がある、と。ですが最後までパクリコンさんにはどう接してよいものか分かりませんでした。唯一『私が見下せるパクリコンさん』というものしか私は持ち合わせておりません。……そうこうしているうちに年月は経ち、パクリコンさんは私にあの人生で一度の契約を申し込んでくださいました」
 ランは布団を握る力を強めながら続けた。
「もし契約の是非を尋ねられたらどうしよう、という思いはありました。ですが今になって『YES』以外の返事をするといった選択肢など私にはございませんでした。ここまで来て今更何ができる、といった心境でしたから。もちろんパクリコンさんがあのように仰って下さったことは非常に嬉しくございましたし、人生で記念すべき事であると理解はしております。ただ私がそれに相応しくないということだけがずっとずっと引っかかっておりました」
 ランは大きく息を吐いて、最後に問うた。
「パクリコンさん。私はパクリコンさんを愛してなどおりません。ずっとパクリコンさんのことをこのように見ておりました。愛を与えぬ私に、何の価値がございましょうか。今ならまだ間に合います。もう一度、お考え直しになってください」
 俺はランの言葉が終わるのを聞いた。ひたすらにランのことが愛おしかった。「ランのことだ、何かまだ話してくれていない事もあろう」と今まで思っていたのは事実だし、「完全にランのことを理解できなくとも、今こうして接していられるランが愛らしい」と感じていたのも事実だ。
 俺はランを後ろから抱きしめ、髪を撫ぜながらランに告げた。
「よく打ち明けてくれた。勇気が要っただろうに。考え直すことなんてしない。『本当に愛するということはどういうことか』という問いに戸惑いつつも答えを模索しているランを俺は手放したくない。俺の気持ちは昔も今も変わらない。俺はランが欲しい。ランがどうであれ、ありのままのランが愛おしい。……俺は今までランが俺と接する中で、ランが二人の将来を真剣に考えてくれたりランが二人の問題に対し真剣に取り組んだりする様を幾度となく見てきた。あれを思い返した今『あれらの行為に愛は無かった』と言われても、そんな言葉はランの自己申告にすぎないとしか思えない。言葉はどうであれ、ランは行動で示してくれた。あれらの行為に愛が無かったなら、世の中の大部分に愛は無いよ。……言いづらかったろうに、打ち明けてくれたことはほんとうに偉い。さすがはランだ。俺の、たった一人のランだ。誇りに思うよ。これからもよろしくな、ラン」
 ランはその言葉を聞くと俺の方を向いて抱きつき、わんわん泣いた。ごめんなさいという言葉を交えながら、ランは俺の胸の中で泣いた。ここのところ全く見ていなかったランの涙を、今までのどの場面よりもたくさん見た気がした。俺の胸の中で泣きじゃくる小さなランを、俺はただただ抱きしめていた
 ランがこんなにも愛おしいと思ったのは、生まれて初めてだった。

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Author:パクリコン
ピチロの世界の住人。

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