白雪姫、改。後編7

 静かな昼下がりが訪れました。

 公務に就くまでの間、ランカシーレはパクリコンとともに城内を散歩することを提案しました。
「うん! お城にまつわるランの思い出も聞きたいしね!」
 パクリコンは快諾してランカシーレとともにランカシーレの部屋を出ました。
 涙はとうに収まっているとはいえ、パクリコンの腕をぎゅっと抱きしめるランカシーレの姿にはどこか物悲しいものがありました。

 ランカシーレはパクリコンを連れて、王城の一番大きな階段を降りてゆきます。
「こんなに立派な階段があるんだなあ。幅10メートルくらいありそうだ」
「はい。大変見晴らしが良くて上品でございます。と同時に、ここは私が階段の上り下りを一番最初に練習した場所でもございます」
「階段の上り下りの練習? そんなことをしていたの?」
「はい」
 ランカシーレはこれまで何度も繰り返したであろう説明を口にしました。
「ごらんください。私はこうしてドレスの裾をたくし上げねば階段を下りることができません。ドレスの裾を踏まないようにたくし上げているのですが、同時に私の脚が見えないよう絶妙な持ち上げ具合を調節せねばなりません。またこうして片手で誰かの腕につかまりもう片方の手でドレスを持ち上げている以上、ハイヒールで歩くときのバランスにも充分注意せねばなりません。その際の姿勢、視線などにも細かく決まりがございます。階段の上り下りひとつをとっても、多くの不条理に思えるほどの作法が仕込まれているものでございます」
「そうなんだ……気付かなかったよ」
 パクリコンのことばにランカシーレはくすくす笑いました。
「お気づきにならなかったということは、それくらいに私の作法が整っていると解釈してよろしいでしょうか?」
「そうだね、ほんとそうだよ」
 パクリコンはランカシーレにつられて笑いながらそう返しました。

 ランカシーレとともにパクリコンは中庭を通り、城の西庭に出ました。
「いろんな植物が植えられてあるんだなあ」
「はい。庭師によって完璧に管理されたこの空間では、いかなる植物でも育つことが可能でしょう。幼いころの私はしばしば植物に触っては怒られたものです」
「えっ、これ触っちゃいけない植物の!?」
「はい」
 パクリコンの疑問にランカシーレは微笑みながら答えます。
「なにしろこれらの植物には庭師が考えに考えて創り出した調和がやどっております。それを私ごときが乱してはなりませんから」
「私ごときって……王女様でもそれは許されなかったんだ……」
「はい」
 パクリコンの言葉にランカシーレはさも当たり前のことを説明するかのように続けました。
「王女というものは不完全な存在であり、誰かの元に嫁いで初めて一人前の人間として扱われる。そういう世界でございます。それは我が国の城内であっても例外ではございませんでした」
 それを聞いたパクリコンは「そうなんだ」と口にしました。ランカシーレは続けます。
「ですので私は可能な限り、私の子供に対してそのような理不尽を強いるようなことをすまい、と強く強く思っております。しつけ係がいかに理不尽に厳しかろうとも、実の母親までもが理不尽を敷いてしまえば子供には安寧の場所がございません。私は私の子供にとって常に安寧の場所であろう、と思っております」
「うん、良いと思う。ランなら素晴らしいお母さんになれるよ」
 パクリコンはそう言いランカシーレの髪を撫ぜました。ランカシーレは為されるがままにぎゅっとパクリコンの腕を強く抱きしめました。

 ランカシーレに連れられてパクリコンが西庭を歩いていると、どこからか鬨の声が聞こえます。パクリコンが辺りを見渡していると、ランカシーレはパクリコンに告げました。
「あちらに特殊訓練兵の訓練所がございます。そちらの声でございましょう」
「特殊訓練兵? それは普通の兵じゃないんだ?」
「はい。普通の兵卒ではなく、将校となるべき選び抜かれた兵を育てるための機関でございます。それに特殊訓練兵のみなさんは大変優しい方ばかりで、私はよくお世話になったものでございます」
 ランカシーレはそう言うのを聞いて、パクリコンは「軍隊だから愛想よくするのも徹底されているのだろうなあ」と思いました。
 しかしその思いはすぐさま打ち消されました。パクリコンがランカシーレとともに特殊訓練場に入るや否や、多くの兵がランカシーレの姿を見ては駆け寄ってきました。
「女王陛下! お麗しゅうございます!」
「女王陛下、何のご用でしょうか!?」
「女王陛下からの御申しつけでしたら何でも!」
 多くの特殊訓練兵が和気藹々とランカシーレに語りかけてきます。その様を見ていたパクリコンを振り返ったランカシーレはにこっと笑いました。そしてランカシーレは兵に向かってこう言いました。
「皆様、こちらが私と私達の国を救ってくださったパクリコンさんでございます。パクリコンさんにここを案内してもよろしいでしょうか?」
 それを聞くや否や、全ての兵は足並みをそろえて気を付けし武器を整えました。
「失礼しました! ご無礼をお許しを、パクリコン様!」
 兵士長とおぼしき人が声を張り上げます。
「えっ……? な、なんで? 俺は別に全然偉くないよ?」
「お言葉ながら、パクリコン様! パクリコン様はランカシーレ女王陛下をお助けになるため、単身策をお立てになりクーデターを成功なされました! 本来我々が為すべきことをパクリコン様がお仲間とともに成し遂げなさったことに対し、我々はまったく感服いたしました! すべての軍を統率するに値するパクリコン様に敬礼!」
「しないっ! しないってば!」
 きっちり四十五度の敬礼を取る兵士たちに対し、パクリコンは慌てふためきながら言いました。
「俺は何にも偉くないし、軍の統率なんてしないし、そもそもクーデターを起こした奴を褒めたらだめなんじゃないの!?」
「お言葉ながら、パクリコン様! 日ごろランカシーレ女王陛下が厚く御扱いになってくださる我々が、どうして旧国王の横暴に気付かないでいられましょうか!? ランカシーレ女王陛下がお親しげに我々とお接しになる中で、どうしてランカシーレ女王陛下の正しさを知らずにいられましょうか!? そのような中で我々の長年の夢であった事をパクリコン様とそのお仲間は成し遂げ為されました! 我々は感無量です!」
「いや、そんな、俺はそういう英雄なんかじゃなくって、ほんと、ただの一般人だし……ねえ、ラン?」
 パクリコンはランカシーレのほうを振り向きましたが、ランカシーレはただただ微笑んでは「ね?」と目配せをするだけでした。
 驚いたのは兵士たちです。
「女王陛下を愛称でお呼びになるとは……!」
「さすがはパクリコン様だ……!」
「これはともすると未来の……!」
といった具合にざわりざわりとパクリコンにとって不都合な噂が広がっていきます。パクリコンはそれを目の当たりにしてあわてて言いました。
「あのー、みなさん! 俺は本当にただの一般人です! いや、ほんとに! だから一般人は一般人らしく、一般人らしい所でいます! あとのことは皆さんにお任せしますから!」
「えええええっ!?」
 兵士たちは思わずどよめきの声をあげます。
「何故です、未来の王配殿下!?」
「我々に指揮を与えてくださるのではないのですか、未来の王配殿下!?」
「ちぎゃあああう! 人の! 未来を! あれこれ! 決めちゃわないで!」
 パクリコンは兵士たちのなじりに対し、あごが外れんばかりに反駁しました。すると一人の兵士が言いました。
「しかしラー様とワイ様は我が軍に残るようですが、それについてパクリコン様はどう考えていらっしゃるのですか!?」
「あ、ラーとワイちゃんか……」
 パクリコンはふと考え込みましたが、やがて続けました。
「まああの二人はここにいたほうが楽しそうだし、多分本人たちにとっても有意義な生活ができると思う。だからあの二人のことをここで面倒見てやってくれないか?」
「はっ!」
 兵士は嬉しそうに敬礼で答えました。
「で、そういえばそのラーとワイちゃんはどこにいるんだ……?」
「こっちだってーの!」
 パクリコンがあたりをキョロキョロと見渡していると、近くの建物の陰からラーが現れました。
「あ、ラー。やっぱここにいたのか」
「あたりまえだってーの! ここでフォースについて少しでも教えながら俺も強くなっていきたいってーの! 俺はここに残るってーの!」
「ああ。だろうな」
 パクリコンは頷きました。するとラーはこう持ちかけました。
「でだな、パクリコン。ここの連中が、俺とパクリコンとのフォースの試合、すなわちピチトルを見たいと言っているんだってーの。協力してやってくれないかってーの?」
「ええっ、俺!? なんでだよ、ワイちゃんとやれよ」
「それも考えたんだが……俺の事だ。ワイちゃん相手だと手加減してしまう。その点パクリコンなら大丈夫だろうと思ったってーの!」
「どういう意味だきしゃま」
 しかしパクリコンは、周囲の兵士たちがパクリコンとラーに期待を込めた視線を送っていることに気づきました。
「……まあ、やるしかなさそうだなあ」
「さっすが、話が分かるってーの!」
 そう言ってラーは兵士たちの方に振り向きました。
「じゃあこれからパクリコンとフォースを使った模擬戦をやるってーの! よーく見ておけってーの!」
「「「うおおおお!」」」
 兵士たちは感嘆の声を上げました。
「ま、そんなところでよろしくな」
 ラーにポンと肩を叩かれたパクリコンを、ランカシーレは微笑ましげに見つめていました。

 特殊訓練場に円形の人だかりができました。
「模擬戦だから、便宜的にルールを作るってーの! お互いに頭胸部に木の板を一枚あてて戦うってーの! 先に木の板が折れた方が負けってーの! それでいいかってーの!?」
「いいぞー」
 パクリコンはラーから10メートルほど離れたところで返事をしました。
「よーく見ておけってーの! これが俺達のフォースだってーの! 準備はいいかってーの!?」
「いいぞー」
 パクリコンは再び同様の返事をしました。
「それじゃあ……我にフォースの!」
「加護を与えよ!」
 ラーとパクリコンの言葉が重なりました。
「いくってーの! 必殺、神祈砲撃ゴット・ロプト・カノン!」
 ラーの頭胸部にフォースが集中します。そのときダッとパクリコンは駆け、フォースを発動させました。
「チェーン発動! 虚動雷電ファールレシヒ・ドンネル!
 パクリコンの右手からフォースの雷撃がほとばしり、ラーの身体に命中してビギイという耳をつんざく音が響きました。
「俺の攻撃の効果によってラーのフォースは委縮する! その効果によりラーの攻撃は不発になる!」
「ぐっ……!」
 ラーは一歩退き、フォースによる効果を発散させました。しかしラーも負けてはいられません。
「それくらいやってくれなきゃ張合いがねえってーの!」
 ラーは翼を大きく一打し、パクリコンに急接近しました。
「でえい!」
 ラーは大きく身体をうねらせて尻尾で空を薙ぎ、パクリコンの身体を吹っ飛ばしました。パクリコンは大きく砂埃をあげつつ退いてしまいましたが、地に手を付いてなんとかバランスを取ります。
「隙がでかいってーの! 今度こそ発動! 神祈砲撃ゴット・ロプト・カノン!」
 ラーの頭胸部にフォースが集中し、赤いフォースの塊が発射されます。
「このフォースは狙った相手に絶対ヒットするってーの! しゃがもうが走ろうが、この攻撃からは逃れられないってーの!」
「そうだっけな!」
 パクリコンは姿勢を取り直して言いました。
「それこそありがたいってもんだ! フォース発動、虚動反射ファールレシヒ・リフレクション!」
「なっ!?」
 パクリコンは左手を大きく旋回させ、ラーの砲撃のフォースが直撃する直前にフォースのバリアを張りました。その効果によってラーの砲撃のフォースはガキイインと音を立てて跳ね返されます。
 結果は明らかでした。ラーは自らの放ったフォースを食らって見事にふっとばされてしまいました。パクリコンがラーに追撃を与えようと近づいたところ、
「ここまでだってーの! 俺の負けだってーの!」
という声が響き、ラーは仰向けに倒れたまま折れた木の板を掲げました。
 兵士たちはパクリコンとラーの近くに駆け寄ってきました。
「ラー様よりもパクリコン様のほうが強い!」
「パクリコン様がいらっしゃれば百人力だ!」
「パクリコン様! ぜひとも我らが軍に!」
「ええええっ!? ちょ、待って、だからそういうつもりはないんだって!」
 パクリコンはあわてふためきながら答えます。するとラーは立ち上がり、そんなパクリコンの肩に手を置いて兵達に告げました。
「分かったか!? 力があるだけではだめだってーの! 戦況を把握し、戦いの場を操る術を身に付けなければ意味が無いんだってーの! パクリコンはそれを教えてくれたんだってーの! つまりお前達がそれくらいにならないとパクリコンは軍には入ってやらない、とパクリコンは言ってるんだってーの!」
 ラーのその言葉に兵士たちの間でどよめきが起こります。
「あのー、俺べつにそこまで言ってるわけじゃないんだけれど……」
「そういうことにでもしておかないと、パクリコンはここにとどまる羽目になるってーの」
 ラーはパクリコンのほうを向いて歯を見せて笑いました。

 やがてワイがやってきたため、パクリコンはランカシーレとともに訓練場を離れようとしました。
「パクリコンは軍に入る気無いらしいってーの」
「そうだろうなのさー」
 そんな言葉を投げかけられつつも、ワイにぽんと肩を叩かれるパクリコンでした。
「パクリコンはやりたいようにやればいいのさー。またなのさー」
 そう見送られつつ、パクリコンとランカシーレは城の大きな庭へと戻ってきました。
「なあ、ラン。ランって意外に王城のみなさんから慕われているんだな」
「そうでしょうか。無論、少なくとも皆様のおかげで私はこれまで背負わなくともよい苦労を背負わずにこられたのは事実です。皆様が安らぎを与えてくださってきたおかげで私は安息を得ることができた、と言っても過言ではないでしょう。私はほんとうに多くの方々に支えられてまいりました。此度私がこのような形で女王の座についたことも、皆様は決して私を咎めようとはなさりません。……不思議ではございますが、何故かそれも予め分かっていたことのようにも思われます」
 ランカシーレの言葉にパクリコンは頷いていた。
 やがてランカシーレはパクリコンを連れて、王城の一角にある大きな黒塗りの小屋へと連れて行きました。その大きな小屋の黒い煙突からは絶えず煙が立ち上ってあり、ときおり金属がぶつかる音が聞こえてきます。
「こちらは私の大好きな場所のひとつでございます。ご覧ください」
 そう言ってランカシーレは大きく黒い小屋の扉を開き、パクリコンを招き入れた。パクリコンが中を見渡すと、そこには多くの人々が規則正しく並べられた丈夫なテーブルの上で様々な金属、釘、木材、果ては植物などを拡大鏡で覗き込んだり測りの目盛を読んだりしていました。
「ここは……?」
 パクリコンが戸惑っていると、やがてそこにいた一人のひげもじゃの男性がランカシーレとパクリコンの姿に気づきました。
「ああ、ランカシーレ女王陛下! お麗しゅう! よいところにおいでなさいました!」
「何か新しい発明をなされました?」
「それはもう!」
 ランカシーレはそのひげもじゃの男性の後について小屋の奥に入っていきました。パクリコンもおそるおそるランカシーレのガウンの裾を踏まないようについていきます。
「こちらです! こちらの釘はなんと、決して緩まない釘でございまして!」
 そう言ってひげもじゃの男はランカシーレに一本の釘を手渡しました。ランカシーレがそれを灯りにかざすと、くぎの先端に妙な錐揉みが刻まれていることが分かりました。
「なんと釘の先に螺旋状の切込みを入れることで、従来に比べて30倍もの緩み耐性を得ることができました! これさえあれば、先日のように城壁が攻撃を受けようともそうそう容易くは崩れないでしょう!」
 ひげもじゃの男の興奮した声を聞きつつ、パクリコンはひとりバツの悪そうな顔でいた。しかしひげもじゃの男はこう続けました。
「この技術をもたらしてくれたのが、かのライキチ様です! ライキチ様は我々ですら知らない技術をたくさんお持ちだ! ライキチ様はぜひとも我が研究棟にとどまっていただきたい!」
「えっ、ライキチが?」
 パクリコンは思わず声をあげました。すると向こうのテーブルから見知った顔が手を振ってきました。
「よう、パクリコン。ここはほんとうに最高だぞ。俺が作れなかったいろんな機械や道具がたくさんそろっている。それもたぐいまれなる精密さをもってして作られた物ばかりだ。おまけに国が定めた度量衡の測りもそろっている。どうやら俺はようやく俺の技能を活かせる場所を見つけられたようだ。……それは奴も同じらしい」
 ライキチはそう言いながら、くいっと親指で小屋の隅にあるテーブルを指しました。そこではロンが四人の男たちに木材の破壊耐久性についての実験手法について慌てふためきながら説明をしていました。
「ロンもここに来てからはあの調子で熱が入っててさ。ロンの奴、薬草学のみならず植物の耐久性についての知識まで深めては新しい技術を作ろうとしている。奴がいればこの国の建築は大きな発展を遂げるだろう。奴は奴で、俺以上にここへの執着を示している。……まああんな具合に議論にはまりきっているのを見れば一目瞭然だけれどな」
 ライキチはそう言ってパクリコンのほうに向きなおりました。
「でだ、パクリコン。お前はどうするんだ?」
「俺か? ……まあ俺は、かねてから考えていたとおりだ」
 パクリコンの言葉を聞き、ライキチは軽くうなずいては「そうだろうな」と言いました。
「でもな、パクリコン。少しくらいは自分の我が儘を通したっていいんだぞ?」
「俺は今でもなお充分我が儘だぞ? 我が儘でなけりゃお前らがこの王城に満足している様を見に来ないさ」
「……それを我が儘と呼ぶかどうかは人ぞれぞれだが、まあパクリコンがそう思っているのならそれでもいい。いずれにしても、俺もロンもパクリコンに対して思っていることは一つだけだ」
 ライキチはフンと鼻息を鳴らして言いました。
「パクリコンのやりたいようにやれ。それだけだ」
「ああ、ありがたい」
 パクリコンはそう告げて、ランカシーレとともに小屋を後にしました。

 パクリコンがランカシーレとともに小屋から城内に戻る道すがら、木陰の机でヒジリが何人かの男たちと話しているのが見えました。パクリコンが立ち止まってその様を見ていると、それに気づいたヒジリが片翼を振ってきました。
 パクリコンはヒジリのいる机に近づきながら、
「よう、何やってんの?」
と尋ねました。
「技術改革、の一語ですね。ここにはラー君やワイちゃんといったフォースを主体とする戦力や、ライキチ君やロン君といった新しい科学技術ももたらされました。となるとそれらを踏まえた総合的な技術をどこにどのように注げばよいか、という話をしていたんですよ」
「へえ、どこに注ぐの?」
「簡単に言うと、軍隊ですね」
 ヒジリは熟慮の上での結論を述べるかのように言いました。
「この国の独立と自主性を守るためには、まずは何が無くとも軍隊が強くなければなりません。というわけで新しい兵器の開発に携わる技術班の取りまとめをしていたんですよ。軍は強い、でもほかの国に干渉しない。最高じゃないですか。もちろん最終決定は全てランカシーレさんに決めてもらいはするんですけれど、私のやれることといったらそのための選択肢をたくさん用意することくらいですからね」
 ヒジリはさらりと言い流したものの、机についていた男たちは「こんな兵器を作るとなったら、国を挙げての一大内需ができるぞ!」「なにより陸も海も空も制圧できるのは大きい!」「こんな技術は世界で我が国が一番乗りではなかろうか」と熱意を込めて話していました。
「ひーちゃんもやりがいのある仕事を見つけたんだな」
「ええ、まあ私はこういうのをかねがねやりたかったので、こうして今ピチロの私達が大手を振って歩ける今となってはやるっきゃないでしょう」
「だろうね」
 そう答えるパクリコンにヒジリはまゆをひそめました。
「パクリコンさん。パクリコンさんはやっぱり……」
「うん」
 パクリコンは遮るように言いました。
「俺は俺の居場所に向かう。何度考えてもそうだった。俺は俺の約束を果たしたい」
 パクリコンのその言葉を聞いて、ランカシーレはずきりと心が痛みました。今朝レビアに言われた言葉がそのままランカシーレの蝸牛管の中でこだましていました。
 そのときランカシーレの近くに一人の下女が近づいてきました。
「女王陛下、そろそろ御公務のお時間です」
「本当ですね、ありがとうございます」
 ランカシーレは、振り向いたパクリコンの手を握ってこう告げました。
「申し訳ございません。私はこれから公務に参らねばなりません。どうぞ後はパクリコンさんのお好きな所をご堪能ください」
「ああ、それなら仕方ないよ。うん、行っといで。俺はその間……見晴らしのいいところにでも行くかな」
 パクリコンの返答に、ランカシーレは王城の一番高い建物を見やって答えました。
「でしたら一番高い塔が王城の中央にございます。すぐに見つかると思いますので、どうぞごゆっくり」
「ありがとう。……レビアもそこにいるだろうしな」
 パクリコンの言葉を聞いてランカシーレは再び言いようのない敗北感を覚えました。しかしその敗北感ですら、存在して当然のものであるという状態に落ち着きつつありました。
 ランカシーレはカーテシーをして、下女に先立って歩いて去って行きます。
「あなたってば本当に女心ってものが分かってないですね」
「えっ? あっ……まずったなあ」
「まったく。無意識だとあなたはいっつもそんなんですから」
 ヒジリの言葉にパクリコンは肩をすくめつつ、王城に向かい歩き始めました。

 パクリコンが城内の一番高い塔への入り口を見つけるまでにさほど時間はかかりませんでした。高さ数十メートルはあるであろう塔は非常に目立っており、それに続く階段を見つけることはさほど困難ではなかったからです。塔の入り口にいた衛兵に告げ、パクリコンは階段を上り始めました。
「物見矢倉というよりは、王室特権の見晴らし台みたいなものだなあ」
 階段を上りながらパクリコンはひとりごちました。
 やがてパクリコンが階段を上り終えて扉を開くと、そこには幅、奥行きともに4メートルほどのレンガ造りの空間がありました。そこは高さ1メートル半の壁に囲まれてあり、そのまんなかで黒髪の少女が仰向けに寝そべっていました。
「あ、パクリコンさん。あたしがここにいるってよく分かったね」
「それくらいはお見通しだ。隣いい?」
「どうぞおくつろぎくださいな」
 パクリコンはレビアの隣に腰をおろし、空を見上げました。真っ白な綿雲がゆっくりと流れていきます。
「パクリコンさん。ランカシーレさんに何て返事したの?」
「それはランに何かを尋ねられたことがすでに前提なのだが、どう解釈すればいいのかな?」
「……」
 レビアは、そう言うパクリコンの顔をじっと見つめました。ややあってレビアは、
「やっぱそっか」
と口にしました。
「なにが?」
「そうなんだろうなあ、と思ってたよ」
「だから何がだよ」
「言わなくても分かるくせに。お見通しなんでしょ?」
「……」
 今度はパクリコンが黙り、レビアの隣で寝転んで大きく伸びをしました。
「まあね。その通り。断った」
「パクリコンさんらしいよ」
 レビアはパクリコンのほうを見やった後に、再び綿雲のほうへと視線を戻しました。
「素直にランカシーレさんの言うことを聞いていれば、パクリコンさんはこの国で二番目に偉い地位に付けてた。この国で一番偉い上にあんな美人なお嫁さんも手に入れることができた。なのにパクリコンさんはそのランカシーレさんの頼みを断った。……そんなことするの、この国ではパクリコンさんくらいだよ」
「だろうなあ。でも……前々から決めてたことだから、べつに悔いみたいなものはないよ」
「だろね。悔いがあるとするならランカシーレさんのほうだもん」
 レビアの言葉にパクリコンはんんっと喉を唸らせました。
「なあ、レビア」
「なに?」
「さっきひーちゃんに言われたんだが、俺は女心が分かっていないらしい」
「へえ」
 レビアは意外な発言を目の当たりにしたかのような声を上げました。
「……君も前々からそう思ってたんじゃないの?」
「べつに」
 レビアはさらりと言ってのけました。
「女心が分かってなかったら、今頃ランカシーレさんはパクリコンさんを自由の身になんてさせてやいない」
 レビアの言葉にパクリコンは返す言葉もありませんでした。
「それに女心が分かってなかったら、パクリコンさんはここには来ない」
 パクリコンは複雑そうな顔でそれを聞いていました。レビアはそんなパクリコンを見やりつつ続けました。
「それに、ほんとうに女心が分かってなかったら、あたしはパクリコンさんとあの約束をしなかった」
「えっ?」
 パクリコンは思わず訊き返しました。レビアは言います。
「パクリコンさんがあたしを守ってくれるんだったら、あたしはパクリコンさんを癒し続けるよ。それこそパクリコンさんが言ってたように、一生ね」
「……」
 パクリコンは己がこれまで発した言葉を思い出しては反芻していました。
「一生、だなんて単語をパクリコンさんの口から聞いたのはあれが最初で最後だよ。パクリコンさんって割と行き当たりばったりで生きてるはずなのに、あたしのときだけ『一生』って単語を使うんだもん。そりゃああたしだって覚悟を決めたくなるよ」
 レビアの言葉を聞いて、パクリコンはまるで気付かれてはならないことに気付かれたかのような面持ちを呈しました。レビアはそんなパクリコンを見ては、ふふんと笑って再び青空に視線を戻します。
 ぽっかりと浮いた綿雲がふわりふわりと流れていきます。空の隅には羊の群れのような雲が大きく広がっていました。
「パクリコンさんさあ、これからどうする?」
「んん」
 レビアの問いにパクリコンは肯定とも否定とも取れないような声で答えました。しかしややあってパクリコンは青空を見上げたまま言いました。
「あの家に帰るよ。俺達が今まで住んでいたあの家へひとまず帰りたい。そして他の奴等の持ち物を全部この城に送り届けよう。あいつらも手ぶらでここに居座るわけにもいかないだろうから、あいつらの荷物をこの王城に移そう」
 パクリコンはそこまで言った後に、少しずつ考えながら言葉を選んでいきました。
「で、その後なんだけれど……俺はあの家を出ようと思う。あの家を売り払って街に住むんだ。もう俺達は人目を気にする必要なんて無いのだから、もとの暮らしに戻ればいい。街に住めば、どんな風にでも生きていける。幸い今回の出来事でフォースのありがたみが知れ渡るだろうから、しばらくの間はそれを元手に商売をすればいい。……あまりフォースに頼りたくはないけれど、当面の間はやむをえないかな、って思うよ」
「ふぅん」
 レビアはそれを聞いて、パクリコンが見つめているであろう同じ綿雲に視線を戻しました。そしてややあってレビアは口を開きました。
「あたしね、家族と離れ離れなんだ。でも家族が今どこにいるのかをあたしは知らない。多分遠くの街まで逃げてるんじゃないかと思うんだけれど、それですら憶測に過ぎない。だからあたしには行き場所が無い。あたしが街に戻ったところでしょうがない。……ずっとそう思ってた」
 レビアは目を細めつつ続けました。
「パクリコンさん。あたしをパクリコンさん家に置いてくれない? 邪魔にはならないようにするし、いざってときにはパクリコンさんを癒すし、食事くらいなら作れるからさ。あたしはパクリコンさんにずっとついていきたいんだ。あたしがフォースで名を成すことで家族が集まるのならそれに越したことは無い。だから……家族が見つかるまでの間だけでいいから、パクリコンさんのそばに置いてくれると嬉しい」
「……。嫌だ」
 パクリコンははっきりと言いました。
「俺はお前を『家族が見つかるまでの間』だけ置いておくなんてしたくない。俺はお前と一緒に暮らしたい。ずっとずっと、お前とともに生きていきたい。互いに朽ちて滅するまで、一生一緒にいたい」
「パクリコンさん……」
 レビアは目を細めたままパクリコンのほうを向いて言いました。
「せめてその言葉を疑問文であたしに投げかけてくれればよかったのに」
 パクリコンはレビアの言葉にふと意識がとまり、ぎこちなくレビアのほうを向きました。そこにはにこやかにほほ笑むレビアの顔がありました。
「一生に一度のお願いとして、あたしに言ってくれればいいのに」
「それはそうなんだが……今は手元に準備が無い」
 レビアはパクリコンの言い訳を聞いてくすくすと笑いました。
「準備が無かろうが、あたしはいつでも大歓迎なのにさ。パクリコンさんってばもったいぶっちゃって、ちゃんとしたところでちゃんと言おう、って気張っちゃってさ。逆に恰好がついてないよ」
「うん……まあ。一生に一度だから、ね……」
 パクリコンは苦し紛れの言葉をレビアに返しました。するとレビアはすっと穏やかな表情になり、パクリコンに告げました。
「でもそれはあたしだって同じだ。……実はね、パクリコンさんの誕生日プレゼントには別のものをあげるつもりでいたんだよ」
「えっ?」
 パクリコンはレビアの言葉を聞き、自分の誕生日にレビアから木彫りの肖像を貰ったことを思い出しました。
「本当はこれをあげるつもりだった。受け取ってくれる?」
 レビアは上体を起こし、パクリコンに小さな布袋を渡しました。パクリコンも身体を起こしてそれを受け取ります。
「これは……」
 パクリコンが布袋を開けてみると、中からは銀でできた指輪が出てきました。それは丁寧に磨かれてあり、調和のとれた円形をしていました。
「これ……なんで!? どうして!? いつの間に!?」
「割と前から用意してた。銀の加工の仕方は知っていたから、あとは削ったり磨いたりをこっそり繰り返してたんだよ。どうせみんなにはあたしとパクリコンさんの関係なんて知られつつある頃だろうし、少しくらい派手なものを贈ってもいいかな、って思った」
「ああ……うん、ありがとう。でもどうしてこれを誕生日にくれなかったの?」
「ランカシーレさんがやってきたあの日にどうしてあたしがこれを渡せると思うのよ?」
 パクリコンは「あっ……」と呟きました。
「それにあの日はランカシーレさんのおかげで今後数年は楽に暮らしていけるだけのお金や宝石が手に入った日だったしね。そんなときにあたしがこれを渡しても味気ないなあ、と思ったんだよ」
「そんなことないよ、俺は君から貰うものなら何だって嬉しいんだから」
「パクリコンさんがよくても、あたしが気にするの」
 パクリコンは再びレビアの顔と指輪をかわりばんこに眺めながら押し黙りました。
「でもこれで一件落着したし、これからパクリコンさんと一緒に暮らすんだと思えば今が渡すべきときかな、とも思ったんだよ。だから、受け取って。あたしからの本当の誕生日プレゼント」
「うん」
 パクリコンは頷き、指輪を指にはめようとします。パクリコンが真っ先に選んだ左手の薬指にその指輪はぴたりと収まりました。
「ありがとう、レビア」
「どういたしまして」
 パクリコンとレビアは互いに微笑みました。
 青空を透き通った風が吹き抜けていきます。綿雲が導かれ、雲の羊たちは山の方へと帰っていきます。
 パクリコンはレビアのハシバミ色の目を見つめ、彼女の小麦色の頬に手をやり、リンゴのように熟れた口唇へと親指を這わせ、そっと口づけを交わしました。二人は互いに求めあうように相手の肩を擦り、服を掴んでは引き寄せます。
 パクリコンはレビアの腰に手を回し、ぎゅっと身体を引き寄せました。パクリコンは為されるがままのレビアの口唇に何度も何度も接吻を施し、やがて長い唾液の交換の後にレビアに告げました。
「レビア。俺の、俺だけのレビア。どうか俺と一生一緒にいてくれませんか?」
「はい」
 レビアは何の躊躇いも無しに答えました。
 二人は笑みを漏らし、長い間そこで互いの身体を求めるように接吻を繰り返していました。

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パクリコン

Author:パクリコン
ピチロの世界の住人。

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