抱っこしあって揺れている

 枇杷の描写をタイトルでした一日だった。

 ランのおっぱいについての描写ではない。

~~~

 電球を買いに秋葉原に行ったら、カーキンでバディファイトの対戦をしている人たちがいた。「うん、全然分からん」という具合だったけれど、なんだかんだで楽しそうだった。
 バディファイトといえば、ツイッターにて池っちがのりのりだった。
不思議だよねー。バディファイトって、なぜか何度も見たくなるアニメだよね。最初は「原作者だから当たり前かな?」って思ってたんだけど、どうも関係ない。単に見てて気持ちいいんだよね。
と言っちゃうくらいのはキまっていた。パクリコンはアニメバディファイトを見ていてもあまり気持ち良いと感じられないから、池っちがいつも通りにTUEEE!と言っているだけのように思えた(一方で漫画のバディファイトのほうは素直に面白いし気持ちいい)。それはそうにしても、製作者としての「自分の作品には、見る人の立場云々に関係ない普遍的価値がある」という発言にはいささかの抵抗を覚える。このもどかしさを言語化するのは難しいが、簡潔に言えば「予め自分の好みで作っておいたものが自分にとって気持ちいいのは当たり前」にすぎないことを池っちが堂々と「これは普遍的価値だ」と言っている様に対するもどかしさに似ている。実際に池っちは「わしの好みの厨二っぽさを出したいからこうした」「わしが小学生の頃はこれが好きだった。だからこうした」という独りよがりをもって作っている。それはそれであくまで一つのスタイルですぎず、普遍的価値とは何ら関係の無いものだ。なのに池っちときたら……という具合だ。なので正直「これ本当に大丈夫なのかな……」という思いが打ち消せないでいる。それに伴っていまだにリアルのバディファイト購入に踏み切れずにいる。ふぇぇ、ぜんぶ池っちが悪いんだよぉぉ。
 そんな池っちも、いままでの失言集を眺めているとどことなく穏やかな気分になれる。一人の人間がこういう人生を歩んでこういうことを言い続けてきた、という様にはある種スミスや収縮君、世界樹ポエムを観察しているときに得られるものと似ている。収縮君はあの後なんだかんだで改心したみたいなのでちょっと残念だけれど、それはそれでイイ奴になったのだろうと思う。収縮君はまがりなりにも遊戯王に対する理論や信念をもって「収縮は月の書より強い!」ということを証明しようとした生粋のデュエリストだし、「そもそも役割が違うカードの選択で悩んだ時にどうするか」というデュエリストにとっては生き死にを別つ場面における問題提起を行った。そんな収縮君なら月の書と収縮に対する新たな見地を見出していてもおかしくない。奴ならできる。池っちは、まあ……もうあの歳だしなあ……。

 池っちとサンダーとぷらずまちゃんを描く算段を立てながら、眠りについた。たわわに実るおっぱいに顔をうずめながら。

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Author:パクリコン
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