もしもランカシーレがデスノートを拾ったら

 ある日ランカシーレは道端に落ちている黒いノートを見つけた。

「デスノート……?」
 そのノートにはそう書かれてあった。ノートの見返しに書かれてある使い方によると、そのノートに名前を書かれた人は死ぬらしい。しかも死亡までの経緯から死因に至るまでを細かく描写すれば、それらが現実のものとなるようだ。
「これが本物かどうかを試してみたいとは思いますが……」
 すぐさまにはランカシーレは死に値する人を思い浮かべられなかった。このようなときは誰かに尋ねるに限る。そう思ったランカシーレはパクリコンに尋ねた。
「パクリコンさん、少々お聞きしたいことがございます」
 自宅前で掃き掃除をしていたパクリコンは手を止めた。
「なに?」
「あなたには、死んでほしいと思う人はございますか?」
 その質問を聞いて、パクリコンは氷のように固まった。パクリコンはまな板の上の鯉のように口を動かしつつ言葉を探しているようだったが、やがて口を開いた。
「ラン……? その、何かあったの? 誰かに嫌なことされたの?」
「え?」
 狼狽するパクリコンを見て、ランカシーレはきょとんとなった。
「ラン。ねえ、嫌なら言わなくてもいいんだけれどさ。せめて俺くらいにはランの悩みだとか恨みつらみだとかを話してくれてもいいんだよ? イジメって単語は軽いものだけれど、その実犯罪に他ならないしさ。そもそも被害者であることは決して恥ずかしい事じゃないんだ。俺じゃなくてレビアちゃん相手でもいい。とにかく独りで抱え込まないで。そんなふうにランが誰かの死を願うだなんて尋常じゃないよ。ねえ?」
 ランカシーレはその言葉を聞いて己の質問の浅はかさを知った。誰しも、恋人が死や世界滅亡を望む発言を行うことに対しては抵抗を示すものである。
「いえ、単なる興味本位の質問でございました。他意はございません。お気になさらないでくださいませ」
「あ、うん……」
 パクリコンがいまだにランカシーレの顔色をうかがっていることにランカシーレはやや後悔を抱いたが、足早にその場を去ることにした。
「とは言え……」
 ランカシーレは焼芝邸に入り、死の標的を考えようとした。すると自室に向かう階段をのぼる際に、ユカリが電話で何やら深刻な話をしているのを聞いた。
「……ええ、そうですか……。ええ。はい、では近々参りますので」
 そういってユカリは電話を切った。
「たいそう重々しい口調でございましたが、いかがなされました?」
「それがねぇ、ランちゃん。町内会の副会長さんが病気でそろそろ危ないのよ」
「ええっ!?」
 町内の副会長といえば、朝の乾布摩擦に始まり一日10kmは平気で走り二郎大盛りを食らうという現役85歳のことである。あのご老体が御臨終になるより先に地球が滅びるのではないかと常々思っていたランカシーレにとって、副会長の死は非現実的なもののように思えた。
「そんな、なにかの間違いでは……!?」
「それがそうでもないのよ。今総合病院で集中治療が終わったところなのだけれど……。ねえ、一緒にお見舞いに行かない?」
「それは……はい、もちろんです」
 ランカシーレは、玄関先で箒によるリンボーダンスを踊っていたパクリコンを回収して海老名総合病院へと向かった。
 ランカシーレの自宅から病院までの距離は数百メートル程度である。パクリコンに事情を話しつつ、ランカシーレは総合病院の一室に向かった。
 病室では副会長のしゃがれた声が響いていた。
「わしは……娘に会わねばならん……! この程度で死にはせん……!」
「副会長さんしっかり!」
「乾布摩擦のやりすぎは身体に悪いとあれほど言ったのに!」
「まあ普通に考えて一日3時間はさすがに長いよなあ」
「ほら、チョコレート食べて元気出してください、副会長さん!」
「わしは鬼畜米英の食い物なぞ口にはせん……!」
「もうすぐ戦後70年ですよ! れっつぐろーばりぜーしょんです!」
「言うたかて戦後の少年たちはチョコレート大好きだったろ」
「……これは大変なようね」
 病室に入るなりユカリは独りごちた。人ごみをかき分けかき分け、パクリコンは副会長のベッドのそばに歩み寄った。
「こんにちは。納涼祭ではお世話になっております、飯骨稼です。どうやら大丈夫じゃないみたいですね」
「ぶぁっかもん! わしはぴんぴんしておるわい! なんならこれからゼロ戦に乗って敵艦を沈めることすら厭わんぞ!」
「ゼロ戦は敵艦を沈める機体ではなく敵飛行機を撃ち落とす機体ですよ!?」
「わしのぶぁっかもん!」
「……案外大丈夫なんじゃないか、これ?」
 パクリコンはふりかえってランカシーレにそう告げたが、肝心の副会長はぜいぜいと荒い息を吐いていた。
「副会長さん。先ほどおっしゃっていらっしゃいました娘さんというのはどちらの方なのでしょうか……?」
「ああ……。わしが最初に離婚したときにわしには生まれたての娘がおったんだがな……。離婚を機に娘は母親にくっついていったんじゃ……。今となっては娘はどこにおるやらだが……どうしても一目見たくでなあ……」
 副会長の声にはどこか最後の希望にすがる思いすら込められていた。
 町内会のみなさんはランカシーレたちに口々に教えた。
「副会長さんは、これまで数多くの女と結ばれて孕ませては離婚していったんだよ」
「その数なんと三十九人にのぼるんだ」
「初音『ミク』と語呂合わせするといい。ミクは副会長の一番好きなボカロだ」
「今名残を惜しんでいるのはその中で一番最初に娶った女性との間の娘さんでな。いやはや、他の子は全員所在がはっきりしているんだが、その最初の子だけはどうしても見つからなくて……」
「副会長さんもそれが心残りで死ぬに死ねないということだ。無論もうすぐ死にそうではあるんだけれど」
「……そうでしたか」
 ランカシーレは人の業の何たるかを『円は異なもの味なもの』という言葉に載せて反芻していた。
 そこでランカシーレはふと思い至った。
「そういえば……!」
 ランカシーレは誰にも見つからないようにと服の中に隠していたデスノートに思い至った。そう、どうせ死ぬというのならその死を少々操ったところで何も不自然なことはない。
「少々お花を摘みに行ってまいります」
「うん。右に曲がった突き当りにあるよ」
 ランカシーレはパクリコンに告げて病室を去り、トイレに向かった。否、お花摘みに向かった。……いや、それも違おう。なぜならばランカシーレの手にはデスノートが握られてあったのだから。
「名前……権現坂昌九郎……。死因……最初に設けた娘との抱擁が十五分続いたことによる体力消耗……。これでよし、と」
 ランカシーレは書き終わり、三分が経過するのを待った。三分後にデスノートの効果が現れる、とそのノートに書かれてあったからだ。
 しかして三分後、病院の屋上にはパラシュートを使って一人の女性が降り立った。彼女は海老名上空にて飛行訓練を行っていた航空自衛隊の女性隊員である。まさかのエンジントラブルにより飛行機から脱出したところ、たまたま海老名総合病院の屋上にたどりついたのだ。そしてその女性が病院の関係者に話をしようと思って病室のあるフロアに向かったところ、
「お父さん!?」
「娘よ!」
 まさかの再会を果たした。
「ええっ!?」
「ば、ばかな!」
「だって娘さんは今64歳だぞ!?」
「なんで自衛隊員なんだ!?」
「あの親にしてこの子あり、ってか!?」
 町内会のみなさんはその親子の抱擁を取り巻いては口々に思いを吐いた。
 ランカシーレはその抱擁を確認するやいなや、デスノートにさきほど書いた文字に消しゴムをかけた。これでデスノートによる効力は完全に失われた。
 親子の抱擁が終わると、人々は完成の声をあげた。
「やったじゃないか、副会長さん!」
「これで心置きなく死ねますね!」
「ほら、ミクさんのフィギュアも棺桶に入れてあげますからね!」
 しかし副会長はけろっとした声で答えた。
「ん? わしはべつにどこも体は悪くないぞ? なんだか妙に死の気配が去っていったようだ」
「ええええっ!?」
 町内会のみなさんは副会長に酸素を送るチューブを踏んでいることすら忘れて驚いた。
「こら! 息ができんじゃろ! でえい!」
 副会長は酸素チューブを引っこ抜き、ついでに心電図と脳波を測定するためのクリップをバリバリと引きはがした。
「そう簡単に死んでたまるか! おい、お前ら! わしのミクさんフィギュアに素手で触るな! 罰として全員で乾布摩擦3時間じゃ!」
「おー!」
 町内会のみなさんは一斉に服を脱いで乾布摩擦を始めた。パクリコンもその中に交じっていた。
「……どうやら本物のようですね」
 ランカシーレは満足そうに微笑みを浮かべた。

 それからというもの、ランカシーレは病院内で死に瀕している患者に面会してまわった。そのたびごとに彼等彼女等に心残りがあるかどうかを尋ねながら、ランカシーレは丁寧に患者と話をしていった。
 やがて海老名総合病院は「死ぬに死ねない心残りが何故か解決する上に何故か病気もよくなる」という噂でもちきりになった。その噂を頼りに神奈川の隅々から患者が集まることとなり、結果的に海老名総合病院は神奈川を含め湘南一帯で最大の病院となった。
 ランカシーレは毎日のようにその病院に通った。デスノートを携えてつつ、新しい患者はいないものかとランカシーレは探していた。
 幾年もの月日が流れ、湘南は日本で、否、世界で一番幸せな地方となった。とりわけ海老名は「世界でもっとも幸せな街」としてギネスブックに認定されるほどであった。
 とはいえ噂はあくまで噂である。根拠のない話が未来永劫続くわけがなかった。
 やがて海老名総合病院に入院しても心残りが解決されない、という患者が増え始めた。人々は「所詮噂は噂でしかなかったか」という思いを胸に抱き、一人また一人と海老名総合病院を離れていった。
 ランカシーレはその様を見ては、己の限界を感じていた。ランカシーレはその右手に携えられたデスノートをぎゅっと胸に抱き、深く息を吐いた。
 おそらくこれでよいのだろう。充分海老名は幸せに満ちた。たとえ噂の真偽が疑われようとも、海老名市民は皆「ここにいれば大丈夫」という思いを抱くことができたのだから。
 それは故郷に対する魂の安堵であった。ランカシーレは海老名市民に心のよりどころを与え、何があっても帰ってくる街としての海老名を確固たるものに築き上げた。
 ランカシーレはデスノートを病院のゴミ箱にそっと入れた。
 そのデスノートのどのページも、消し跡で真っ黒になっており最早使い物にならなくなっていた。

 デスノートは海老名の幸せのノートとして、長きにわたる仕事をやりおおせたのであった。

(おしまい)

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Author:パクリコン
ピチロの世界の住人。

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