艦これなのです

 『艦これなのです』を読んでいた一日だった。

 オーストラリア訛りのコラボレーターの英語を聞き取る技術を獲得したパクリコンは、意気揚々と漫画『艦これなのです』を買ってきた。事前情報無しの状態で「とりあえず第六駆逐隊が出るなら買うか。腐っても艦これだし」という思いを胸に抱きつつ、本をレジに持っていった。
 あらすじはおおよそ以下の通りだ。とある学校で戦いながらも暮している雷と電は「深海棲艦を沈めたくない」という思いを持っていた。そのため二人は、近海に侵入してきた深海棲艦をただ追い返してばかりいるだけであった。雷と電は「このようなままでは怒られるだろう。それでも私たちは敵を沈めたくない」という思いを抱きながら戦い続ける中で、その思いに惹かれた暁と響をも戦いのメンバーに加える。そうして彼女たちは彼女たちの中の「私たちはこうあるべき」という姿を追い求める……というものだった。
 そんな中で一番輝いていたのが雷だった。雷はとにもかくにも竹を割ったような言動が潔い。良いなら良い、悪いなら悪い、こうしたいからこうしたい、といった具合に「私はこう思う」というところのものをざっくばらんにかつダイレクトに表現してくれる。その中にもちろん「深海棲艦をわざわざ沈めなくても追い返すだけで充分だと私は思うわ。たとえ誰に怒られようとも平気よ。だってこれが私達と深海棲艦のあり方だと信じているんだもの」という信条があった。電は(一応主人公っぽく描かれてはいるけれど)とにもかくにも雷のフォローがあっての活躍がほとんどだった。諸問題を雷が解決した後に、雷が電に最終決定権を渡すシーンが何度もあった。電は電でもちろん(話の都合上)「戦争には勝ちたいけれど(ry」のセリフを言いはするのだけれど、だからといって具体的になにをやるでもなくただただ雷に背中を押されて行動していた。そこだけ見るとどう考えても「雷が電を説得して従えつつ、雷が己の正義を貫いている」というふうに見てとれる。実際艦これの設定を知らなかったら間違いなくそう捉えるだろう。そして技術に長けた雷が全てにおいて武勲を飾っていれば電が拗ねるので、適度に雷が電に花を持たせていると読まれるに違いない。
 その関係の中で雷は間違いなく輝いている。己の正義を行動によって示し、コストもデメリットも全部背負う覚悟で正義を見せようとしている。そしてそんな雷と対比させたいがために電がロースペックに描かれてあるようにも思えた。
 響は間違いなく雷と同じように、「私も君達の考えが正しいと思っていた。だからこれを機に私も行動に移そう」と考えて戦ったり援護したりと忙しなく動き回っている。雷に比べるとあくまで「雷に感化されて従っている友達」という姿に映りがちだが、電に比べれば圧倒的に「己の信念を持つ少女」としての姿が鮮やかに描かれていた。
 暁はトラブルメイカーなのでロースペックに描かれてあった。設定の関係上当然の帰結ですね。
 そんなわけで雷と響は何が何でもかっこよかったし可愛かった。おそらくこの二人がいれば劇中のストーリーは普通に進行するだろう。一応バランスを取るためにロースペック要員(電と暁)がいるから「とりあえずは近海の深海棲艦を追い払う」という形になっている。しかしもし劇中で雷と響だけが精鋭部隊に派遣されたらもっと面白い話になるだろうに、とは感じられた。
 この作品はストーリーよりもキャラを優先させたお話なので、雷や響がどんなに頑張ろうと結局は「電に花を持たせる」という形で決着がつくだろう。だからこその雷や響の活躍をしかと受け止めて観賞したいと思う。

 良い漫画……ではなく、良い雷と響だった。

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Author:パクリコン
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