なのですを振り返って

 『艦これなのです!』を改めて読み返した。

 雷と電が主役を飾る漫画として、どうしても『なのです!』と『水雷戦隊クロニクル』を比べてしまいたくなる。『なのです!』だけを読めば雷の溢れんばかりの行動力や響のずば抜けた頼もしさなどが魅力的に映るのだが、『水雷戦隊クロニクル』と比べれば電の思慮深さや暁のバイタリティも含めて艦娘たちの一挙一動がすべて魅力的に思えた。
 雷と響がとてつもなく可愛いのはおよそどのような描かれ方であっても変わらないだろう。しかしそれでも『なのです!』において雷が悩める電に対して一言でずばりと問題の本質を明らかにし解決に導く様には、やはり艦娘ならではの力強さや生きることに対しての真摯な姿勢が見て取れる。雷や電の班に加わった響がありとあらゆるコストを受け入れて己の正義を態度や行動で主張する様にも、同様に傷つき傷つかれて戦いゆく艦娘ならではの視点や思想が組み込まれてある。暁もなんだかんだで「本当は雷達の班に加わりたいけれど、どうしても己自身の戦闘能力を評価してもらいたいがゆえに素直になれない」というツンとデレの二律背反が描かれてあるため、ツンデレとしての魅力は充分に持っている。
 彼女たち自身はいつなんどきでも本気で戦っている。「沈めなければ沈む。沈みたくなければ沈める」という艦娘としての前提を覆し己の正義を貫くために、常にその瞬間その瞬間で悩み、思考し、リスクをも犯し、反省もし、時には深海棲艦の良心に賭けてまで行動していた。そこには「兵士であり同時に少女でもある」という艦娘ならではの性質が満足に組み込まれてあり、一貫して「兵士であるがゆえの望みと少女であるがゆえの望みを同時に叶えて皆を幸せにする」という正義を実現させるプロセスが細かく描かれている。
 また一話完結ゆえのコンパクトな主張の連続と大筋に沿った人物間の動きを綿密に描き上げることによって、漫画としての大局的な展開が相当濃密になっている。一巻の中で描かれていたエッセンスである「深海棲艦とは何ぞ」「雷と電の対比」「響を仲間にする」「暁を仲間にする」「第二一班を仲間にする」「雷巡チ級の救助」を各話の中でまとめることで、雷と電の正当性が充分に評価されている。すなわち「沈んだ敵もできれば助けたいのです」という思想が生む結論を様々な角度から描写するために土台となっているとも言えよう。
 練られた描写が多いため一コマあたりの情報量は大きいが、その分人物描写をできるだけシンプルにすることでバランスが取られている。その情報量こそが展開を促す燃料になっていることは言うまでもないが、シンプルな人物描写においても各々のキャラクターの描き分けとその心情が顕わになっている点には作者の画力が大いにものを言っている。
 キャラクターの思考が如実に描写されている様は雷や電の主張を描く上で特筆すべき点だ。キャラクターがある行動から別の行動に移る際には、概ねその行動の思想やその行動に至るまでの思考が描かれている。それがまさにキャラクター一人一人の持つパーソナリティの描写にもつながっており、同時にあるキャラクターの思考を踏まえての別のキャラクターの思考の展開にもなっている。この積み重ねがストーリー自体を進ませる強力なエンジンとして働いている。実際艦これといういわば戦闘ありきの物語の中でキャラクターの思考をナイーブに扱うことは、『なのです!』における「沈んだ敵もできれば助けたい、という思いを実現することはどれだけ正しい事なのか」という一番のテーマを綿密に描くために必要である。
 艦これという世界で艦娘ならではのテーマを持った漫画として、『なのです!』はまさにこれからの艦これ作品の土台として扱われ、また試金石として広く用いられてゆくことだろう。

 幸せであれ。

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