スーパーパクリコンブラザーズ 8-3-3 前編

『スーパーパクリコンブラザーズ 8-3-3前編』
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 天上界神殿の廊下をパクリコンとレビアは進んでいった。
 廊下の表面にはかつて神殿が造られた頃の大理石が古びた象牙のようにむき出しになっていた。神殿内における第三の難問の設置場所まで誰も足を踏み入れたことが無いためだろうか、とパクリコンは訝しんでいた。それゆえに、自分たちの足音がどこか太古の叡智に反響しているようにパクリコンには感じられた。
 やがて二人は大きな扉の前にたどり着いた。真鍮の取っ手が二人の手をいざなっている。
「……行こう」
 パクリコンは意を決し、その取っ手を引いた。

 その部屋がこれまでの難問の部屋とは異なっていることに二人はすぐ気付いた。なぜならその部屋はまるで神殿の最奥部であることを示すかのようにだだっ広く、天井ははるか十数メートルも上に存在し、また玉座のごとき巨大な大理石の上には、高さ六メートルほどの三つの銀製の神像が立てられてあったからだ。二十メートル四方ほどであろうその部屋を見渡しても、二人が入ってきた入口の他に扉は無い。ただただ神像だけがそこで待ち構えていた。パクリコンは、玉座の上から見下ろす三つの神像から視線が注がれているかのように感じた。
 パクリコンはレビアの手を握りしめた。レビアはそれに応えるかのように手を握り返した。何が起ころうとここが最後だ、という意識が二人の脳に流れた。
 またも頭を殴られる感覚を抱くのではないか、とパクリコンは身構えていたが、しかしややあって起こったことは頭を殴られる感覚の到来ではなく、神像のひとつがゆっくり喋りだすことであった。
「第三の難問」
 三つのうち、中央に位置する神像が二人に語りかけた。口許は動いていないが、確実にその声はパクリコンとレビアに届いていた。
「我々には名がある。その名をトゥエル神、パロ神、ランダ神という」
 神殿に入る前にハンマーブロスのトゥイエルが言っていた名と同じであることに、パクリコンは気付いた。神像は続けた。
「トゥエル神はいかなるときにも真実のみを口にする。パロ神はいかなるときにも虚偽のみを口にする。ランダ神はいかなるときにも、ことの真実および虚偽を考えずに口にする。汝が神に与えうる質問は三つまで。汝らは一つの質問を一人の神にのみ投げかけられる。投げかけられたその神は汝らの質問の真偽を答える」
 パクリコンはその言葉を聞いて、内心胸をなでおろした。この神像が課そうとしている難問は、すべての天上人および地上人にとって対等な言語を用いた難問である。言語を用いた思考のみで解けるのであれば、それは難問ではない。なぜなら、言語によって解決されえる問題はパクリコン達の日常において頻発しているからだ。そして難問と称される以上、それは解けないものではない。その認識はパクリコンを勇気づけた。
 しかしまさにそのときであった。
「神が答える時、汝らはアレテースおよびマセレースの言のみを獲得できる」
 パクリコンは自分の思考が停止するのを感じた。
「以上をもって、汝らは我々に正しき名を与えるべし」
 その言葉を最後に、神像は沈黙した。
 パクリコンはおもむろにレビアを見た。その視線を感じたレビアは、困ったような眼でパクリコンを見つめ返した。パクリコンはたまらずレビアに問うた。
「ねえ、アレテースおよびマセレース……って何?」
「昔の言葉だよ」
 レビアは苦々しげにつぶやいた。
「天上界で使われていた言葉でね。相当昔に使われていた言葉であることもさることながら、偉い人しかその意味を知らないという意味でもすごく限定的な言葉なんだよ」
「じゃあ……その意味は……」
「あたしには分かんない」
 レビアは大きくため息を吐いた。パクリコンはその答えを聞いて、あたかも鈍器で後頭部を殴られたかのような表情を呈した。
「そんな顔しないでよ。それが分かったら苦労しないのに、って思いはあたしも同じなんだから」
「ご、ごめん……」
 パクリコンは反射的にレビアに謝った。しかしレビアはすっくと神像を見上げた。
「とはいえ」
 レビアはふいに真上を向いて胸を張り、大きく息を吸った。そして呼気を勢いよく吐き出し、パクリコンに向かってこう言った。
「あたし達がやろうとしていることはとても単純で分かりやすいことなんだよね。いずれかの神像に対して質問をする。するとその質問に対して肯定か否定の返事がなされる。ただしそれが肯定なのか否定なのかはあたし達には分からない。これを三回繰り返して、三つの神像に正しい名前を付ける。……それだけだよ」
「それだけだよ、って……質問の答えが「はい」なのか「いいえ」なのか分からないのに、どうやって考えればいいんだよ?」
「違う違う。そうじゃないって、パクリコンさん」
 レビアは困ったように微笑みながら、パクリコンの腕をそっと撫ぜた。
「アレテースもマセレースも、おそらくは「はい」か「いいえ」のどちらかを意味する単語なんだよ。ってことは、質問を二つ投げかけたときに、それらの答えが一致するのか一致しないのかが分かる。その手がかりがあるだけで、全然世界は違って見えるもの」
「そう……なの?」
「そうなの」
 レビアはパクリコンの頬に手をやり、尋ねた。
「パクリコンさんはランちゃんを愛してる?」
「うん……」
「パクリコンさんはあたしを愛してる?」
「……うん……」
「ね?」
 レビアはパクリコンの頬をぺしっと叩いて続けた。
「もしあたしが「うん」の意味を知らなかったとしても、あたしはパクリコンさんから充分な答えを引き出せるんだよ。言葉が分かる分からないなんて所詮は表面的な問題にすぎない。言葉ではごまかしきれない想いを捉えさえすればいいんだから」
「それは……そうだね」
「あとパクリコンさんと結婚したら平気で浮気されそうだから、思いっきり捕まえとかないとね」
「そんなの今はどうでもいいじゃん!」
 パクリコンは口許を歪めながら反駁した。しかしレビアは、
「浮気するかしないかという問題に対して「今はどうでもいい」だなんて言われたら、本気でパクリコンさんのことしばりつけておかないといけないように思えてならないよ」
と呆れたような声でパクリコンに告げた。
「それは……ごめん」
「いいって、あたしも似たようなもんだからさ。……さて」
 レビアは神像のほうを向き、唸りながらしばらく指で何かを数えるしぐさをしていた。パクリコンはその様を見つめつつ、レビアの言葉を待った。ややあってレビア少し俯いてパクリコンに尋ねた。
「パクリコンさん。今からあたしの質問に必ず嘘で答えてね」
「えっ? ……まあ、いいけれど」
「よし。じゃあ訊くね」
 レビアはパクリコンに再び問うた。
「ランちゃんのことを愛してる?」
 パクリコンは繰り返される質問にうっと詰まった。しかし息を吐きながら、パクリコンは答えた。
「いいえ」
「じゃあ、あたしのことを愛してる?」
「……いいえ」
 パクリコンはレビアの意図を組めずに、ただその屈辱的な質問に答えた。しかしレビアは続けてパクリコンにこう問うた。
「パクリコンさんは、「あたしのことを愛してる?」という質問に肯定的な答えをした?」
「えっ?」
「いいから答えて」
 パクリコンはレビアの言葉に促されるがままに考えた。パクリコンはレビアの問いに対して否定的な答えを為した。したがって最後の問いに対する答えとしては「いいえ」である。しかし今はその事実を嘘で答えなければならない。したがってパクリコンはレビアにこう告げた。
「はい」
 レビアはパクリコンの答えを聞いて納得したようにうなずいた。
「パクリコンさん、やるじゃん」
「やるじゃんって、何が?」
「間違えずにちゃんと答えられたことについてだよ」
「そんなの間違えるわけないだろ、こんなの簡単なんだから」
「へえ、どうして?」
 レビアは挑発的な問いを投げかけた。それを聞いたパクリコンはむっとしてレビアに言った。
「だって俺は嘘をつかなきゃならないんだろ!? だったら「愛しているかどうかに肯定的な返事をしなかった」という事実を偽って返事をすればいいだけなんだから! つまり俺は嘘を吐いたことに対して嘘を吐かなきゃならなかったんだ! だから俺は結局……」
 パクリコンは言葉を詰まらせた。
「……あれ?」
 ややあってパクリコンは呟いた。
「俺って、嘘に嘘を吐いた結果「はい」って答えたんだよな?」
「うん」
 レビアは頷いた。
「あの場合、俺が正直であれ嘘吐きであっても、君の問いに対しては「はい」と答えざるをえなかった。俺の性質がどうであれ、俺は君に正しい答えを返した」
「そうだね」
「じゃあ俺が正直か嘘吐きかなんて関係無いのか……」
「そういうこと。よくできました」
 レビアはパクリコンの頭を撫ぜた。パクリコンはそんなレビアをまじまじと見つめていたが、やがて思いきりレビアを抱きしめた。
「レビア! 君がいてくれて本当によかった!」
「あっはは。浮気してもこうやってバレる、ってことで一つご了承を願いたいね」
「いくらでもご了承するさ! 頼もしいよ!」
「うん……ありがと」
 レビアもパクリコンに身体を預けながら、ぎゅっと抱きしめかえした。
 しばらくの間パクリコンはレビアに情熱的に頬擦りをしていた。しかしやがて、ふと気づいたことを口にした。
「ねえ……俺達はあの神像に三回しか質問ができないんだよね?」
「……うん」
 レビアは答えづらい答えを口にするかのような声で返した。
「その三回の質問だけで、三つの神像のどれがどの名前なのかを当てなきゃならないんだよね?」
「……うん」
 レビアはパクリコンの言葉をゆっくり反芻するかのように告げた。
「質問の答えが分からないのは何とかなるって君は言っていたけれど……あの神像のうちの一つのランダ神は、質問で尋ねていることが真実が虚偽なのかを全く考えずに答えてくるんだよね……?」
「……うん……」
「つまり……どんな質問をしても、まさにその信用できない答えが必ずどこかで為されるってことだよね……?」
「……そう」
 レビアの言葉は心なしか震えていた。それを聞いたパクリコンはレビアの身体をさらに強く抱きしめた。言葉に込められた想いを、パクリコンは並々ならず受け取ったからだ。
 パクリコンはレビアに告げた。
「気が済むまでこうしていてやるからさ、しばらくは考えるのをやめて冷静になってもいいんだよ?」
「うん……。でもさ……」
 レビアがそう口にした瞬間だった。
 神殿の隅に巨大な大理石の塊が落下し、地響きとともに大理石の重低音が断続的に轟いた。落下してきたその大理石は高さ二メートルほどの正方形をしており、今は神殿の一隅に何故かピタリと収まっている。
 パクリコンがあっけにとられてその大理石を見やっていると、その大理石の隣に同じ大きさの大理石の塊が落下してきた。神意的に操られているかのようなその大理石の塊がまさに神殿の床を覆い尽くそうとしていることは、パクリコンにも直覚できた。広さ二十メートル四方ほどの神殿の床は、先ほど落下してきた大理石と同じ大きさの大理石があと百個程度落ちてきただけで覆い尽くされることだろう。
「……そうは長々と考えさせてくれないよね」
 レビアの言葉を、パクリコンはただただ聞くしかなかった。

(つづく)

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Author:パクリコン
ピチロの世界の住人。

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