世界樹ポエムとiPad

 世界樹ポエムの思い出に耽っていた一日だった。

 世界樹ポエムは非常に承認欲求が強い。自分を認めてほしいという思いに駆られつつツイライフを満喫する彼の姿には、痛々しさすら垣間見える。己よりも国語的創作力なるものが高いであろう人物に対して、素直にその人の創作能力が反映された創作物を示すよう要求すればいいものを、
「俺のポエムを解釈して、その国語的創作力を示せ」
という問題を課してしまう点などからも彼の深刻な承認欲求はうかがえる。現実世界で承認されない世界樹ポエムがWEB上で承認を得ようとしているのだと思えば、それはそれで仕方のない現象のように感じられる。
 この「現実で承認されないのなら、○○世界で承認されよう」という欲求は、現代の創作物でも頻繁に描写されている。たとえばアニメ『ノーゲーム・ノーライフ』では主人公たちが異世界で王様になった際に、iPadに入れておいた書籍の情報を実践に移すことで諸々の問題を解決していた。現実世界で承認されてこなかったその主人公たちには目の前の現象に対する認識や理解が無いが、iPadさえあれば現状打破が可能となり皆から承認されることが可能となった。この「己を変えなくても環境を変えさえすれば、己は認められるだろう」という見込みに関して言えば、世界樹ポエムと『ノーゲーム・ノーライフ』の主人公たちとの間に何の差異も無い。
 「環境を変えることで己の価値を認めてもらう」というやり方自体は非常に有力で普遍的なものである。実際に持つ者が持たざる者のところに行けば、往々にしてよく認められるものである。それにともない経済もよく潤い、また多くの富がよく配分されることだろう。ただし環境の変化自体は多くの場合天下り的に生じるものではない。石油産出国の金持ちのオジサンにしたって、若いころに自ら石油を売りにはるばる日本までやってきていたから金持ちになれたわけである。それについては、ただ「環境を変える」という事自体が知識や技術、人脈、運などを必要とするため非常に困難だ、というだけの話である。
 世界樹ポエムもiPadを持って異世界に行きかったのだろう、と思う。インターネットという異世界にポエムという名のiPadを持っていけば承認が得られるに違いない、という見込みに胸を躍らせていたのだと思うと涙を禁じえない。無論世界樹ポエムは『ノーゲーム・ノーライフ』の主人公ではないので、何故かゲームがうまかったりどういうわけか王様になったりポエムという名のiPadが役に立ったりするわけではない。残念なことに彼は『ノーゲーム・ノーライフ』を見て「いいなあ」と思うだけのモブでしかない。
 ここで従来の承認欲求を「いいなあ、と思いたいという欲求」に変化させることができれば、彼の未来は明るい。実際に同じようにして多くの人の未来が明るくなったのだから、世界樹ポエムも同様に救われるとよいと切に思う。
 幸せがもたらされるとよい。

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