Alles gute zum Geburtstag von Libchen!

 今日は愛すべきレビアの生誕祭なので、毎年恒例の記念小説を書いた。

『レビアちゃん生誕祭2014』

「うー、トイレトイレー」
 今トイレを求めて全力疾走しているあたしは、大学に通うごく一般的な女の子。強いて違う点を挙げるとすれば、ピチトルに興味があるってとこかナ――。名前はレビア。
 そんなわけであたしは帰り道にある体育サークル会館へと駆けこんだのであった。
 ふと見ると、ベンチに一人の若い男が座っていた。「ウホッ、いい男」――そう思っていると、突然その男はあたしが見ている前で準備体操を始めだしたのだ。
らないか」
 その男はあたしのカレシだった。
「んもー、ロルさん。いくらピチトルの模擬試合がしたいからって、五限に8000通もメールで催促してこないでくださいよ」
「む、だめだ。俺はやるといったらやる男だからだ」
 ロルさんは憮然とした表情でスクワットをしながら言った。あたしはそんなロルさんに告げた。
「それじゃあ約束通り、ピチトルの模擬試合をしましょう。いつも通り、負けた方がマクドナルドでマックシェイクを奢るというのでいいですね?」
 ロルさんは勝気な人だ。それゆえに、「何かを賭けていないと、真の実力が出せない」だなどと常日頃のたまっている。何かを賭けないと本気が出せない、という時点で精神的姿勢に問題があるような気がしないでもないが、あたしはそんなロルさんが好きだ。三歳年上のロルさんなだけに、そういう可愛いところがとてもおちゃめに思える。
 それに、いくら実力差があるとはいえ、あたしも随分と稽古をつけてきたものだ。それゆえに、次は勝てるかもしれない、という期待はあたしを大いに鼓舞してくれた。
 そんなことを思っていると、ロルさんはゆっくりと口を開いた。
「いや、だめだ。今日はいつも通りではなく、新しいものを賭けよう」
「へぇー、何です?」
 あたしは何を聞いても驚かない覚悟を決めつつ尋ねた。するとロルさんは、ギンと眼を光らせてこう言った。
「もし俺が勝てたら、以降レビアは俺に敬語を使うな。さん付けも禁止だ。……いいな?」
「えっ」
 あたしは絶句した。何を聞いても驚かない覚悟を決めたのに、このありさまである。
 敬語を使うな、と言われても、あたしはロルさんに敬語ならざる言語で話しかける気概など持ち合わせていない。普通に考えて、三歳年上で無愛想な無頼漢にタメ口で話しかける小娘がどこに存在しようか、いや存在しないだろう。そりゃあ確かに心の中では「一時間半で8000通もメールを送ってくるロルさん可愛いー」と思ったものだ。しかしあくまで心の中で、である。実際にはできっこない。その証拠に、あたしは心の中ですらロルさんをさん付けしているじゃないか。
「あ、あたしはそんな……」
 そう言いかけた瞬間、あたしをロルさんの視線が貫いた。あ、これアカン奴や……とあたしは直覚した。
 だったら、やるしかない。
「いいですよ。その代わり、もしあたしが勝ったらヴェローチェでカップル用特大ジャンボパフェの『きゅんきゅんプリリンぱふぇりんこ』を奢ってくださいね」
「ぐっ……!」
 あ、効いてる! これまで頑なに『きゅんきゅんプリリンぱふぇりんこ』の名前はおろか存在すら忘れ去ろうとしていたであろうロルさんが、苦悩で顔を歪ませている! やったぜ、あたしはついにこの男と対等な立場になれたんだ!
 やがてロルさんは苦々しげに口を開いた。
「いいだろう。……全力で勝負だ!」
「もっちろんですよ!」
 あたしはぎゅっと拳を握りしめた。

 あたしとロルさんがピチトル場にて相対峙したのは、それから十分経った後のことだった。審判役をオートジャッジマシン『安全ちゃん』に任せ、あたしもロルさんも鎧甲を纏って10メートルほど離れたところから互いに睨みを利かせていた。
 そんな中で、ロルさんは口を開いた。
「『安全ちゃん』の合図で試合開始だ。待ったなしの一本勝負、一切言い訳は認めないからな」
「あたしだって右に同じですからね!」
 ああ、今あたしは対等にあの男と啖呵を切り合ったんだ! この感動をしっかりと日記に刻み付けておかなきゃなあ!
 その高揚の真っただ中にいたあたしは、『安全ちゃん』の放つプピーというデジタル音を聞いて現実に引き戻された。地に足が着き、手に汗がにじんだ。これがあたしのDO・OR・DIEガチバトルだッ!
「ピチトル開始! リーダースキル発動、重力制御II!」
「リーダースキル発動、刻印付加!」
 ロルさんもあたしも叫んだ。行動部位にフォースが充填されてゆくのをあたしは感じた。
「いくぞ! 先手必勝! ドライブB-1、殴る攻撃リーブフローミルチッ!」
 ロルさんはダッと駆け、あたしにソード攻撃を繰り出した。ガァンという重い衝撃があたしの身体を貫いた。と同時に、あたしの足の裏に粘性の高いフォースがまとわりつくのを感じた。
「いつものブースターIIってやつですか……!」
「そうだ」
 ロルさんはダッとあたしから離れて距離を測った。ロルさんの持つ装備「ブースターII」の効果で、先ほどの攻撃に束縛効果が付与されたのだ。これにより、あたしは移動に際して必要以上のAPを消費しなければならない。
「なんのこれしき!」
 あたしは狙い撃ち攻撃の構えを取り、刻印武器のフォースを右手に集中させた。回避能力の高いロルさんを仕留めるには、ローリスクローリターンな右腕を丁寧に使うに限る。
「ドライブB-1、刻印武器! 照射ッ!」
 あたしの右腕に黒い光が収束したかと思うと、その黒い光は黄色い雷撃を伴ってロルさんに向かって一直線に飛んでいった。
「フン!」
 ロルさんは右足を蹴りあげ、脚部であたしの攻撃を受け止めた。ロルさんは防御態勢が取れないにもかかわらず、大胆にかつ正確にあたしの攻撃を受け流していた。
「この程度では俺を倒せんぞ! もう一発喰らえ! ドライブB-1、殴る攻撃リーブフローミルチ!」
 再びロルさんはカンガルーのごとき大きな跳躍であたしのところまで駆け、その重い殴打をあたしに打ち込んだ。あたしは左腕でその攻撃を防いだものの、すでに左腕の鎧甲は悲鳴を上げるかのようにピキピキとひび割れつつあった。おまけに足の裏に絡みついている粘性の高いフォースのおかげで、充分に防御に徹することができない。
「このまま単純な攻め合いが続いたら負ける……だったら!」
 あたしは防御の構えの姿勢を取った。これはすなわち、攻撃の手を一旦休めるということを意味している。
「どうした、レビア! もうおしまいか!? ……だからといって追撃の手を緩めやしないがな!」
 ロルさんはそのまま二打、三打とあたしに打擲を続けた。その結果、あたしの両腕と脚部の鎧甲は許容量の限界近くにまでダメージを負った。しかし同時にビタフォースも蓄積されていった。そう……まだ「撃てる」のだッ!
「この瞬間、あたしはビタフォースを発動! 銃撃掃射! すべての部位にその効果処理を加えて全砲攻撃する!」
 あたしはビタフォースを消費し、両腕の刻印にフォースを充填した。これでロルさんに一撃必殺の一矢を報いることができる。その期待はあたしを鼓舞させた。
 ロルさんは叫んだ。
「ビタフォース発動、縦一閃! 相手の全鎧甲部位に同威力のダメージを与える!」
「ぐっ……!」
 あたしは苦々しい面持ちで、刻印の充填が完了するのを感じた。今は……撃つしかない!
「照射ッ!」
「覇ッ!」
 あたしとロルさんは互いにビタフォースをぶつけあった。互いが発したビタフォースは相手を正確に狙い、轟音と砂煙を伴って相手の鎧甲に強烈な打撃を何発も与えた。
 そのあまりの強烈さに、あたしの両腕と脚部の鎧甲は完全に破壊された。
「ぐうっ……でも!」
 そう、ロルさんの鎧甲もただでは済むまい。砂煙が消えてゆく際に、あたしはそう確信した。そしてその確信はやがて現れたロルさんの姿によって揺るぎないものとなった。
 あたしは叫んだ。
「互いに頭胸部を残すのみ! だったらアクションポイントが貯まった後の、射撃による先制攻撃であたしの勝利が決まる!」
「……それはどうかな」
 ロルさんは静かに言った。
 ハッタリだ。あたしはそう思った。そんなハッタリであたしの動揺を誘おうったってそうはいかない。
 あたしとロルさんは刻一刻と頭胸部にアクションポイントが充填されてゆくのを感じ取っていた。そんなあたしたちには、もはや外野の見物客の声など耳に届かなかった。ああ、部活の人たちがあたし達のピチトルを観戦しているのが分かる。でも……今この場にいるのはあたしとロルさんだけだ。
 あたしは叫んだ。
「ドライブA-1、狙い撃ち攻撃ツァイテス・アングリーフェン!」
 勝った! あたしは頭胸部から時間依存性のある射撃攻撃を撃ちだそうとしながら、そう確信した。
 その瞬間だった。
「甘い! チェーン発動、ドライブA-2、殴る攻撃ファンケンベルク!」
 ロルさんはあたしの射撃攻撃に先んじて、長距離格闘攻撃のフォースを繰り出した。ロルさんのフォースは空気を電離させながら突き進み、あたしの懐に飛び込んできた。
「そんな」
 ばかな、と言い終えるより前に、その打擲のフォースはあたしを直撃した。あたしは頭胸部の鎧甲が破壊されるのを感じ、どさっと地に倒れた。
「チェーン発動だ。同時発動の場合、チェーン発動可能な技は相手の攻撃に必ず先制できる」
 ロルさんがそう言う声が聞こえ、『安全ちゃん』は試合終了を宣言した。

 ややあって、あたしはピチトル場の近くの控室でぼーっと座っていた。負けたか、という現実を受け止める思いもさることながら、あれだけやって負けたのならしゃあないかー、という事実の認識もあった。しかしどちらにしても悔いは無かった。
 控室にロルさんが入ってきた。
「二人分の鎧甲を『鎧甲復活エキっす』の中に漬けておいた。これで明日には元通りになっていることだろう」
「ありがとうー、ロルさん」
 あたしはそう言って、直後に思わず口を手でふさいだ。あたしは恐る恐る言い直した。
「……ありがとう、ロル」
 ロルははっとなってあたしの目を見つめた。やめろ、照れる。少しばかり呼び捨てにされたからって、あたしの目をそんなにまじまじと見つめないでくれっ。
「レビア……!?」
「や、約束は約束なんだから! あたしは約束を守るよ!?」
 あたしは努めて、口調が敬語にならないように喋った。ああ、頬が熱くなってゆくのを感じる。耳たぶまで赤くなっていることだろう。
 ロルはこんなあたしをどう思うだろうか。みっともない奴だと思うだろうか。器の小さい奴だと思うだろうか。いつもなら絶対に気にかけないような些細な疑問達が、ぐるぐるとあたしの頭の中で渦を巻く。ああ、いっそのことその渦の中で溺れてしまいたい。
 ロルはあたしに一歩近寄って言った。
「レビア。お前って……」
 今なら何を言われても死刑宣告のように聞こえてしまうことだろう。お願いだ、それ以上あたしに言葉を投げかけないでくれ。
「……照れることもあるんだな」
 それはあまりにも初々しい死刑宣告だった。
「て、照れてなんかないよ! ちょっと心臓がドキドキしてアドレナリンが出てるだけなんだから! きっとこれはピチトルの疲れによるものなんだよ! 今のあたしなら黒塗りの自動車に衝突して示談を受けることだってやぶさかではないんだから!」
「ほぅー」
 あたしの反駁に対し、ロルはイエスともノーとも取れない返事を為した。その事実はあたしを大いにやきもきさせた。
 そんなあたしの肩をロルさんはおもむろにポンと叩いた。肩がじわーっと熱くなる。きっと今のあたしは火力発電所よりも熱い体をしているに違いない。まるで、あたしの身体はこれ以上熱くなりようがない、と思えるくらいだ。
 そう思っていると、ロルはあたしにたどたどしくこう告げた。
「それじゃ、行こうか。マクドナルドではなく、ヴェローチェに」
 ああ、これ以上身体が熱くなりえただなんて。大自然の神秘だなあ。

 その後『きゅんきゅんプリリンぱふぇりんこ』をおいしくいただきました。どきどきしていたからいまいち味は分からなかったけれどな!

 あたしがロルさんと別れて自分のアパートに帰ったのは、夜の十一時を少しまわった頃だった。アパートの強めの電灯があたしの疲れを癒してくれた。
 あたしがアパートの階段を上って二階に上がると、なんとあたしの自室の前に一人のピチロがいた。彼は白い身体に浮きたつような緑のタテガミと手足が特徴的で、赤いマフラーのような長い毛を首元に巻き付けていた。しかしそれ以上に印象深かったのは、彼があたしの部屋のドアののぞき穴を必死になって覗いていることだった。
「あのー、どなたですか?」
 警戒心に先んじた好奇心に負けて、あたしは彼に尋ねた。こういう怪しい相手には無闇に話しかけてはいけない、とユカリさんからきつく言われたことがあるっけ、と頭の遠くの方で思い出した。
 そのピチロはあたしのほうを振り向いた。彼の緑色の瞳と目が合うやいなや、彼はビクッとなって一歩たじろいだ。彼は覚束ない足取りの中で、あたしに尋ねた。
「あ、あの、ここって飯骨稼パクリコンさんの御宅ではないんじゃないんでしょうか……!?」
「えっ、パクリコンさんの家はここじゃないですよ?」
「ええーっ!?」
 これほどまでにアゴが外れる人を見たことがあろうか、と思えるくらいに、そのピチロは口を開けて驚いた。
「いや、だって、飯骨稼パクリコンさんがここに、って、あれ……? あれー……?」
 そのピチロは手にしたメモを何度も90度ずつ回転させながら、困り果てた口調で「あれー……?」を呟いていた。見かねたあたしは彼に尋ねた。
「パクリコンさんちなら、ここから相鉄線で30分くらい行ったところにありますよ。パクリコンさんのどういったお知り合いなんですか?」
「えっ、ええっ!?」
 特に驚くことでもないような質問に対し、そのピチロは再びアゴを外さんばかりに驚いた。あたしの意識の中で「ひょっとしてこの人は泥棒なんじゃなかろうか」という思いもありはしたが、目の前で驚愕に打ちひしがれているこの人に泥棒稼業が勤まるとは到底思えなかった。
「いや、あの、はい、お知り合いです……」
「どういったお知り合いなんですか?」
「……む、昔の……」
 そのピチロは消え入りそうな声であたしに答えたきり、押し黙った。
 あたしはパクリコンさんの昔の知り合いをほとんど知らない。ネズ吉くんをはじめとする消防署の人たちは、よく遊びにも来てくれるし話にも出るから大体分かる。でもパクリコンさんの語る消防署のどの部署にも、この人が所属しているように思えなかった。
 そもそも「昔の知り合い」という範疇がいまいち汲み取れなかった。「昔の」と言うくらいなのだから、今はパクリコンさんと交流がないのだろうか。
「あ、あの……パクリコンさんちがここじゃないなら僕は帰ります……」
「うん……」
 そのピチロはとぼとぼとした足取りで回れ右をし、あたしの横を通って階段に向かった。
 彼がパクリコンさんの住所をあたしに訊くこともせず、またあたしが誰なのかを尋ねすらしないその様は、あたしに疑問を抱かせた。そもそもパクリコンさんは横浜のこのアパートに住んだことがない。何をどう間違えた結果彼はここにたどり着いたのか。それに消防署という空間からほとんど外に出たことのないパクリコンさんの昔の知り合いとは一体どういう人なのか。
 疑問が疑問を呼ぶ中で、そのピチロははぁーっとため息をついた。
「違うじゃんかよー……りぽ……」
 彼がそう言ったようにあたしには聞こえた。
 その瞬間、あたしの海馬の中の記憶のかけら同士が奇跡的に繋がった。二年前の冬の日にあたしが海老名で出会った少女の名もまた、
「りぽ」
だった。
 思わずあたしの口から言葉が突いて出たとき、そのピチロはビクッと立ち止まった。彼はそーっと振り返った。再びあたしと目が合った。
 あたしは興味本位で、次の問いかけを口にした。
「ざっぴーさんはお元気?」
 案の定、そのピチロはドキッとした表情を呈した。
 あたしと彼との間に6秒の沈黙が流れた。その時間はあたしの思考を整理するのに十分すぎる時間だった。
 気が付くとそのピチロは走り出していた。彼はあたしから逃げるように、慌てて階段を駆け下りていた。
「待って!」
 あたしは思わず叫び、彼のあとを追った。
「逃げなくていいから! あたしは知ってるから!」
 あたしの言葉に反応すらせず、そのピチロは逃げの一手に専念していた。たしかに彼の脚力には目を見張るものがあった。しかし一方であたしには地の利があった。それに普段ピチトルの練習のために走り慣れたこの街において、ピチトル部のあたしのほうが分が悪いとはとうてい思えなかった。
「逃げなくったっていいのに! おらーっ!」
 あたしはヘッドスライディングをして、そのピチロを取り押さえた。彼はもがきながら、
「うそだーっ! 最近の人はみんな僕を取って喰うんだーっ!」
とじたばた暴れていた。しかし悲しいかな、あたしのほうが腕力が強かった。
 やがてそのピチロは観念したかのようにおとなしくなった。彼はあたしの腕の中でそーっと振り返り、再びあたしと目を合わせた。あたしは彼に、
「取って喰いやしませんって。せっかくですし、うちでお茶でも飲んでいってくださいよ。それに……あたしは聞きたいんです。あなたたち、守護精霊だった人たちの話を」
と告げた。彼はこくりと頷いた。

 あたしの自室のちゃぶ台にて、そのピチロはちょこんと正座した。
「お名前は何っていうんですか?」
「めぽ」
 めぽは恐る恐る自分の名前を吐いた。
「へぇー、いい名前ですね。あ、あたしはレビアっていいます。レビア・グレモリ」
「それはどうも……」
 あたしはちゃぶ台にお茶の入った湯のみを二つ置いた。あたしがちゃぶ台の傍の座布団に座る際も、めぽさんはもじもじした表情であたしのほうをちらちら見ていた。あたしはちゃぶ台に両肘をついて頬に手をやって言った。
「めぽさんもりぽさんやざっぴーさんと同じように、幼いころのパクリコンさんと一緒にいたんですか?」
「はい」
 めぽさんは首回りのスカーフのような赤い毛をいじりいじり答えた。
「パクリコンが9歳の頃から14歳の頃まで、ずっと一緒にいたんです。あ、僕が最初の守護精霊だったんですよ」
「へぇー! さすがめぽさん! じゃあ初めはパクリコンさんとめぽさんが一緒になって、日々の暮らしを乗り越えていたんですか?」
「そうです」
 あたしは笑顔で頷きながら、めぽさんに話を促した。9歳の頃のパクリコンさんの暮らしなんてまったく想像できないが、きっととても和やかなお話であることに違いない。
「僕とパクリコンは、仲間を守るために空を翔け大地を駆けフォースを駆使して戦っていました。僕達は多勢に無勢ながらも、守護精霊を悪用しようとする奴等と戦っていたんです。その中でパクリコン自身は大きく成長し、同時に僕達守護精霊も大きな糧を得ました。……えへへ、あれではまるでどっちがどっちを守護しているんだかいまいち分からないくらいでしたよ」
 めぽさんの話は想像以上に熾烈だった。あたしはめぽさんに恐る恐る尋ねた。
「戦うって……フォースを使って戦っていたんですか? その……9歳のパクリコンさんが?」
「はい」
 めぽさんは神妙な顔つきで頷きなが話を続けた。
「守護精霊を悪用しようとする奴等から身を守るためには、戦うよりほかありませんでした。なにしろ奴等は子供の精神を操り、そのエネルギーを得て、あらゆる願いを叶えようとしていたのですから」
 めぽさんの話は、やはり私の想像をはるか超えていた。めぽさんは続けた。
「奴等は茅ヶ崎に住む子供たちの精神エネルギーを、容易くもてあそぶような人たちでした。でも僕達――パクリコンとその守護精霊たち――は、茅ヶ崎やそこに住む子供たち、そして何より僕達自身を守るために戦い続けました。奴等は攻める手を決して休めようとせず、激しい戦いの日が続きました。……最後の最後に、僕たちが奴等のボスを追い詰めて茅ヶ崎に平穏を取り返すまでは」
「パクリコンさん、小さかった頃も戦っていたんですね……」
 あたしがふとつぶやいた言葉に、めぽさんははっと顔を上げた。あたしは慌てて言った。
「ううん、今は戦ってないんですよ。今はそんな危ない状態じゃないですから。でも……少し前にパクリコンさんはパクリコンさんのお嫁さんを守るために、生きるか死ぬかの戦いをしなければならないことがあったんです。そのときの様を見ていると、どうしてもパクリコンさんの中には確固たる宿命というものが存在しているんだなあ、と思えてならなかったんですよ」
「そうなんですか……」
 めぽさんはわずかに耳を伏せた。あたしは頬を手に預け、ふぅーっと息を吐いた。
 するとめぽさんはハッとして、あたしに問うた。
「えっ、あれっ、でもパクリコンのお嫁さんって、レビアさんのことじゃないんですか?」
「ええっ!?」
 あたしはその唐突な問いに肝臓がキュンとなった。
「ち、違いますよ!?」
「だって以前にざっぴーがパクリコンの家に行ったときに、お嫁さんだのレビアさんだのって話をしていたから……!」
「それはあたしがパクリコンさんのお嫁さんを見せてあげた、ってだけなんですよ!」
「ええーっ!?」
 めぽさんの耳がピンと立った。めぽさんのそういうそそっかしいところに、あたしはくすっとなった。
「パクリコンさんは今ではすっかり旦那さんになってますよ。きっとめぽさんの知っているパクリコンさんと、一回りも二回りも違うんじゃないんでしょうか」
「それは……まあ、そうなんでしょうけれど……」
 小首を傾げながら必死にその姿を想像しようとしているめぽさんを見て、あたしはふと思いついた。
「そうだ。今からパクリコンさんに電話をかけますので、話してみます?」
「ええっ!? あ、いや、あの、僕はダメなんです! 話しちゃダメだ、ってみんなから言われていまして……」
 他の守護精霊たちに何度もきつく窘められているめぽさんをあたしはありありと想像できた。あたしはめぽさんに告げた。
「じゃああたしが話すだけにしておきますから、声だけでも聞いていきません?」
「あ、じゃあ……そういうことでお願いします」
「はい」
 あたしは携帯電話を取り出してオンフック状態にし、パクリコンさんにダイヤルした。めぽさんはスマートフォンを見て目を丸くしていたようだったが、やがてコール音が鳴り始めたのでめぽさんは神妙な顔つきを取り戻した。
 ピッ。
『あ、もしもし? レビアちゃん?』
「うん、あたしだよ。パクリコンさん」
 ちゃぶ台に置かれた携帯電話から、いつものパクリコンさんの声が聞こえてきた。めぽさんは安堵を得たかのような表情を呈した。
「パクリコンさん。今日ね、ロルさんとピチトルの模擬試合をやったんだよ。もしあたしが勝てたらヴェローチェで『きゅんきゅんプリリンぱふぇりんこ』を奢ってもらう、って約束でね。一方でもしあたしが負けたら、あたしはロルさんに話す際の敬語とさん付けをやめなきゃならない、という約束もあった。結果あたしは負けちゃったんだけれど、それでもロルさんは、……ううん、ロルはあたしに『きゅんきゅんプリリンぱふぇりんこ』を奢ってくれたんだ。なんだか久しぶりにドキドキしたよ。いいものだね、こういうのは」
 あたしは今日の出来事を思い出しながら、パクリコンさんに話して聞かせた。
『ああ、分かるよ。俺もランを呼び捨てにするようになってからというもの、ランとの心理的な距離が縮まった気がしたっけなあ』
 パクリコンさんの浮かれ気味なテノール声が携帯電話から響いた。
『今じゃランから「あなたー」って呼ばれているくらいだしさ。いつかは経なければならない段階を乗り越える瞬間ってのはいいものだよ』
「ああ、うん。結婚してからのランちゃんの言う「あなたー」は実に微笑ましいものだったよ。きっとランちゃんの中にも、乗り越えるべき壁のようなものがあったんだろうね」
『だと思う。となると、次は俺がランのことを何かしら特別な呼び名で呼ぶ番なんだろうな。「おまえー」とかなにかそういう呼び名でさ』
「うん、そうするといいと思うよ」
 あたしはめぽさんのほうをふと見やった。めぽさんはパクリコンさんの声を聞きながら、時折うんうんと頷いていた。きっとパクリコンさんが幼かった頃にも、何かめぽさん達に相通じる「乗り越えるべき壁」があったのだろう。あたしはその事実を認識するときに、少しだけ悔しい思いを抱いた。
「あたしもこれからはロルと一緒に、乗り越えるべき壁を乗り越えていくよ。これまであたしの中で頑なに乗り越えようとしなかった部分を、適当な頃合いに思い切って乗り越えてみる。それで何が変わるか分からないけれど、多分あたしが望むように物事は変わっていくんだと思えるしさ」
『おうおう。大いに乗り越えて行け、少女よ』
 パクリコンさんの少しだけ眠そうな声が携帯電話から響いた。あたしはパクリコンさんに言った。
「それじゃあ、そろそろあたしも寝るね。おかげさまで今日はとてもいい一日になったよ。日記に書いておかないとね」
『うん。日々の暮らしの中の凸凹もまた壁なり、だ。それじゃあ俺もそろそろ…………あっ』
 パクリコンさんは何かに気付いたかのような声をあげた。
「どしたの?」
『あ、いや、その、あと30秒ほどこのままでいてくれ』
「いいよ」
 あたしはパクリコンさんの言わんとすることにあえて気付かないふりをしたまま、その30秒を過ごした。やがて時計の針がカチッと音を立てたかと思うと、携帯電話からパクリコンさんの声が響き渡った。
『お誕生日おめでとう。君がめでたく21歳のお誕生日を迎えられたことを、俺はとても嬉しく思うよ』
「ふふっ、ありがと」
『それじゃあ……改めてお休みなさい。いい夢見ようぜ』
「うん、ありがとう。それじゃあね、お休み」
 あたしは携帯電話の通話終了ボタンを押し、パクリコンさんとの夜長な通話を終わらせた。あたしはふぅーっとため息を吐き、めぽさんのほうを見やって言った。
「どうでした? パクリコンさん、ちょっと変わってたでしょう?」
「あっ、いや、その、はい……」
 めぽさんはどことなくそわそわしている雰囲気を醸し出しながら、あたしの問いに浮ついた答えを返した。その挙動を不審に思ったあたしが何かを口にしようとするより前に、めぽさんはこう言った。
「レビアさんのお誕生日って、昨日じゃなくて今日だったんですね」
「はい、そうですよ」
「うわー……やっちゃったー……」
 あたしにはめぽさんが何を「やっちゃった」のかがぴんと来ていなかった。しかしやがてあたしの脳裏にてりぽさんやざっぴーさんと出会った日付が思い出されるやいなや、あたしはぷふっと笑ってめぽさんに言った。
「いいじゃないですか、一日くらい早めに来たって。なのでせめて今日一日もゆっくりしていってください」
「あ、はい、でも、まあ、ありがとうございます……」
 めぽさんはあまりにももじもじしていたため、そう答えるので精いっぱいだったようだ。やがてめぽさんは落ち着きを取り戻したのか、あたしにこう言った。
「今日はパクリコンの声が聞けて本当にいい一日になりました。レビアさんのおかげです。これで僕達守護精霊も安心してパクリコンの行く末を見守っていられるというものです」
「そうですか、それは何よりです」
「はい……なので僕はそろそろ帰らないと」
 いずれはそう言うんじゃないかと思っていた言葉をめぽさんは口にした。あたしはその言葉を聞いても、やはり満足だった。
「また遊びに来てください。あたしの家でも、パクリコンさんの家でも、どこでも構いませんから。あたしならいつでも大歓迎ですよ」
「ありがとうございます。僕も……そう言ってもらえて嬉しいです」
 めぽさんははにかんだようにふふっと言った。
「それじゃあまた来年に僕らのうちの誰かがこちらに来ると思います。そのときにはまたお話ししましょう」
「そうですね。お待ちしております」
 あたしもふふっと笑ってめぽさんに言った。
 めぽさんは満たされたような表情でにこやかに座っていた。やがてめぽさんは何かに思い当たったような顔つきを呈し、あたしに恐る恐る提案した。
「あの……僕が帰るところを見られたくないので、できれば目を瞑っていてくれませんか?」
「いいですよ」
 あたしはぎゅっと瞼を閉じた。暖かい暗闇があたしを包んだ。
「めぽさん」
「何です?」
「……さようなら」
 あたしは呼気に乗せてそう言った。その後あたしの耳に、
「さようなら」
という返事が為されるまで、6秒ほどの時間が必要とされていたようだった。

 今年の守護精霊との邂逅もまた、あたしの中で変わらぬ思い出としてずっとずっと残り続けるだろう。今日の良き日を明日への糧として、乗り越えていくべき壁を乗り越えていこうじゃないか。
 これが今年のあたしの誕生日だった。

(おしまい)

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

パクリコン

Author:パクリコン
ピチロの世界の住人。

最新記事
最新コメント
リンク
FC2カウンター
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
FC2 Blog Ranking