八本目のラノベ、その4

 書くぞ!

『私が異世界で女王に!? ~ちょっぴりえっちな王国ファンタジー~』
その4



 私は天蓋付きのベッドから、ゆっくりと這い出た。
 昨日の夜遅くまでゴットアプフェルフルス国の法律と歴史をおさらいすべく、本を読んでいたのだ。そのため非常に頭が重い。
 もともと私は文学専攻なので、文学がその拠り所としている歴史や国家体制には、ある程度の理解を持っていると自負していた。しかし一から全く見ず知らずの国のシステムを理解しようとするとなると、さすがにちょっとやそっとでは太刀打ちできなかった。
 昨日はレビアにある程度の概要を教えてはもらえたが、こういうことはやはり自らの手で書物を紐解き、自分の言葉で理解せねばなるまい。……この理屈は、何度も教授に言われたことなので、今となっては私の信条の一つとなっていた。そのため私はレビアから数冊の図書を借り、女王の寝室で読みふけっていたのだ。
 私は昨晩仕入れた知識を反芻しつつ、顔を洗った。ううーんと伸びをすると、それらの知識がじわじわと私の脳細胞に定着してゆくのが分かった。
 そのとき、コンコンとノックの音が部屋に響いた。「どうぞ」と私が答えると、扉が開いてパクリコンが顔をのぞかせてくれた。
「おはようございます、女王陛下。ご機嫌麗しゅうございます」
「おはようございます」
 ナイトガウンの襟を整えつつ、私はパクリコンに応えた。見知らぬ異世界に投げ込まれた私にとって、今日も今日とてパクリコンが迎えに来てくれたことは、私の心の支えとなっていた。私が目を覚ますたびにパクリコンが出迎えてくれるだなんて、まるで女王様にでもなったかのようだ。……まあ、実際なっているのだけれど。
 そのとき、ふと私は疑問を抱いた。
「パクリコン。何故私が起きた直後に、いつもあなたはいらっしゃってくださっているのです?」
「報告があるからですよ」
 パクリコンはそっけない表情で答えたが、私は思わず眉をひそめた。
「報告……? 誰からのです?」
「そうですね」
 パクリコンは扉をしっかりと閉めて、私の前に立った。パクリコンは私の顔を見る体を取り繕っているが、その視線はわずかに私の背後に注がれていた。
「……女王陛下。後ろをご覧ください」
 何故か数秒経った後にパクリコンからそう告げられたので、私は振り返った。
 するとそこには、頭部以外の全身を真っ黒な布で巻き付けた、レビアの姿があった。長い黒髪は後ろでくくられてあり、女の子らしいしなやかな肢体と、整った乳房の輪郭までもが、くっきりと見える。
 レビアは私ににこっと微笑んだ。
「おはようございます、女王陛下。女王陛下をお守りするために、実は女王陛下のお部屋で番をしておりました」
「えっ!? どこでです!? 全く気が付きませんでした!」
「どこで番をしているか、は教えられません」
 レビアは相変わらずにこにこしたままそう告げた。私は一歩レビアに近づいて尋ねた。
「仰ってくださってもよいでしょう!? ここは私の寝室なのですよ!?」
「まあ、女王としての命令だというのであれば、あたしはお教えしますよ」
 そう言うやいなや、レビアはさっと微笑みを表情から取り去った。私が思わずたじろいでいると、レビアは続けた。
「しかしその場合、女王陛下は必ずあたしが番をしているところを気になさります。そのため、もしこの部屋に闖入者が現れた場合、真っ先にあたしの居場所を嗅ぎ付かれる可能性が非常に高くなります。そうなれば、あたしは闖入者の不意を突いて女王陛下をお守りすることが非常に困難になります。したがって女王陛下のお命をお守りできなくなる事態が容易に起こりえることになります。……以上のような危険が伴いますが、それでもあたしに白状するよう命令なさりますか?」
 レビアの言っていることは尤もだ。私の安全を守るためにある包囲網を、私自身が崩してしまっては元も子もない。レビアの警護技術がどれほどのものなのかは分からないが、少なくとも私がレビアの足手まといになってはならない。
「レビア。番をして下さって感謝しております。私からは今後、さきほどの件については一切追及いたしませんので、どうかレビアの思うがままに私をお守りくださいませ」
「分かりました、女王陛下」
 レビアは再びにこっと笑った。全身を黒い布で覆っているのにもかかわらず、その笑顔でどんな男でも落とせそうなくらいに、レビアの笑顔は眩しかった。
 そんなレビアになら、どこか知らない場所から私を見守ってくれていても、構わないように思えた。

 ドレスに着替えた私は、着付け室の前で出迎えてくれたパクリコンに告げた。
「昨日ロルという方が仰ってくださったことを、早いうちに実行いたしたいと思います。ゴットアプフェルフルス軍に対する、女王としての挨拶をせねばなりません」
「えっ、今日ですか?」
 パクリコンは私に右腕を差し出しながら目を丸くした。
「いきなりで大丈夫なのですか? もう少し軍のことや周辺諸国について、知ってからでもいいんですよ?」
「大丈夫です。こういう話は早いうちにしておいたほうが、より良い理解が得られるものです」
 私はパクリコンの右腕に己の左腕を絡ませながら答えた。
 事実、私の姿はいまだにパクリコンとレビア、そしてロル以外の前には現されていない。となると「これまで表に出されなかった女王なる存在が、初めて俺達の前に現れてくれた」という印象を軍に持たせることは、大きく戦略として役立つ。肝心の挨拶の言葉にしても、昨日のうちにある程度草稿を纏めておいた。
 大勢の前で喋るだなど、学会で散々慣らされてきたものだ。今更怖気づいてたまるものか。
「まあ……女王陛下がそうおっしゃるなら」
 私はパクリコンに連れられて廊下を進み、王宮から渡り廊下を伝って隣の建物へと移った。そこは強固な煉瓦造りの建物で、建物の稜線からは広い訓練場が見える。兵装を纏った男たちが金属製の棒を構えて、訓練にいそしんでいるのが見えた。
 パクリコンが扉を開けたので、私は建物の中に入った。パクリコンは建物に入って右手にあった一室の扉をノックして、部屋の中を覗き込んだ。
「おーい、ロル。女王陛下がお見えだ。ご挨拶をなさりたいというそうだ」
「……早いな」
 ロルの簡潔な返答は、やはり私のこの姿勢を意外視していると見てよさそうだ。
 ロルは小さな木箱を持って、その部屋から出てきた。
「おはようございます、女王陛下。……」
 ロルは相変わらずの仏頂面で挨拶をし、じーっと私を見据えてきた。浅黒い肌の切れ目で見つめられると、どうしても動揺してしまう。どこかお化粧のおかしいところでもあっただろうか、と思っていると、ロルはおもむろにパクリコンのほうに向きなおり、木箱を手渡した。
「……これを女王陛下に」
「分かった」
 パクリコンがその木箱を開けると、銀色に光る直方体の金属の結晶が連なったネックレスが見えた。ビスマスという金属に似ているような気がしたが、文系の私にはそこまでの区別はつかなかった。
「女王陛下、失礼いたします」
 パクリコンはそう言って、私の目の前に立った。パクリコンは私の首元に両手を伸ばし、私の首にそのネックレスを通した。事情は分かるのだが、パクリコンが不意に私に非常に近い位置まで接近することにはいまだに慣れなかった。
「はい、これでいいでしょう。……女王陛下、今は何も喋らないでください」
「えっ」
 パクリコンの思わぬ制止に驚き、思わず声が出た。しかもその声は妙に大きく廊下に響き、部屋の扉がわずかに振動するのが感じてとれた。
 パクリコンは私の唇にそっと人差し指を添え、
「そのネックレスは、声を拡大するための調律具です。調律具とは、魔法によって一時的に人の能力を高める道具のことです」
 私は黙って小さく頷いた。異世界から女性を召喚しようだなどという国に、魔法によって律せられる道具があったとしても不思議ではない。それに現に私の声は、通常の何倍もの音量となって響いていた。その事実を受け止められないほどの私ではない。
「では女王陛下、こちらへ」
 パクリコンが私の腕を取ってゆっくりと歩きだすと、ロルは一礼して足早に私の前から去って行ってしまった。
 パクリコンは私を広い廊下へと連れ出した。廊下の先はバルコニーへとつながってあり、陽光が明るく照らしこんでいた。
 パクリコンは私の手を握り、伝えてくれた。
「いつも王族は、あのバルコニーから兵士たちに挨拶をする決まりになっていました。……まあ女王陛下は初めてですが、これまでの規則の踏襲をお願いいたしたいと思います」
 私は黙ってうなずいた。
 大丈夫だ、私の率直な思いを兵士たちに伝えればいい。私を受け入れてもらえなくてもいいから、私の存在を認めてほしい。今日の大きな課題はそれだけだ。
 しばらくすると、バルコニーからロルが現れ、
「女王陛下、お願いいたします」
と告げた。
 私はパクリコンから腕をほどき、姿勢を正した。
 小さく頷いて、私はバルコニーへと一歩一歩進んでいった。
 バルコニーは白い煉瓦でしっかりと造られてあるものだった。バルコニーに出るやいなや、ガラスのハイヒールがカツンと鳴るのが聞こえた。
 バルコニーの手すりから向こうには、数千人はいるであろう兵士たちがきちんと整列して私の顔を見上げていた。バルコニーの高さはおよそ十五メートルくらいだろうか。その高さは、兵士たちの顔を見渡すには充分なものだった。
 目を見開いている者もいる、馬鹿にしたような目つきの者もいる、かと思えばしっかりと私を見据えてくれている者もいる。やはり兵士たちにとっても、ランカシーレ女王なる存在に対する思いは人それぞれなのだろう。なればこそ、私が彼等の思いを纏めねばなるまい。女王として兵の心構えを統率できねば、到底国民の思いを纏めることなど不可能だろう。だからこそ、これが正真正銘の、私の女王としての最初の仕事だ。
 私は大きく息を吸い込んだ。
「皆様。私は此度女王として君臨いたしました、ランカシーレと申します。皆様のあたたかいご歓迎に感謝しております」
 想像以上に私の声は響き渡った。私はそこで深く一礼して、さらに言葉を続けた。
「私は遠い世界より、女王となるためにやってまいりました。我らがゴットアプフェルフルス国をより平和で豊かな国へと導くために、知識と、技術と、覚悟をもって参った所存でございます。皆様を含め、国民の皆がより知的水準の高い文化的な生活を営めるよう、私は尽力してまいる所存でございます」
 ここまでは私の目的を述べる箇所だ。この目的を不適当だとみなす人がいれば、もはや私の話を聞く耳など持たないだろう。そのような危惧は抱いていたが、今のところどの兵士も、興味深そうな目で私の話に耳を傾けているようだった。
 私は改めて背筋を伸ばして続けた。
「私と皆様との間で最も重要な事柄とは何でしょうか。それは私が如何様にして近隣諸国と接してゆくか、という話に他なりません。何故なら、私が他国と話し合って物事を決議するのも、軍事力を用いて他国と戦って決議するのも、同じく外交手段のひとつだと言えるからです。そして私には、それらの外交手段のうち、いずれか一つを選択する権利がございます。ならば、どちらがより良い外交手段だといえるでしょうか」
 私はここで問いを投げかけると同時に、キッと険しい表情を作った。何故ならこれから述べる部分が、主張の根拠おnミソとなっている部分だからだ。
「考えるまでもありません。私自身が粉骨砕身し、私自身の手によって他国とより良い関係を結んでゆくことこそが、最良の外交手段でございます。皆様が血を流さず、怪我も負わず、誰も命を落とさぬことこそ、我らがゴットアプフェルフルス国の未来の栄光へと繋がるからでございます。皆様を含む国民の皆に愛する家族や友人がいらっしゃることを思えば、国民の誰一人として失わずに我らがゴットアプフェルフルス国を導くことこそ、私に課せられた最上の使命だと言えましょう。私は私の言葉と、身体と、行動をもって、皆様から不必要な戦いを遠ざけることを誓いましょう」
 兵士たちの間から感嘆の声が漏れるのが聞こえた。
 私は彼等の興味をさらにそそらせるための一撃を追加した。
「私がこうして我らがゴットアプフェルフルス国の多くの方々の前に姿を現すのは、これが初めてでございます。そして私は現にこうして、皆様とお話しすることができております。他者を一切差し挟まず、私が私自身の言葉であなた方に思いをお伝えしているわけです。この挨拶を、どうか私の初めての「外交」の様として、評価してくださいませ」
 私は表情筋に力を入れて、笑顔を浮かべた。多少なりとも大袈裟な笑顔ではあったと自覚しているが、バルコニーにいる女性の表情を見てもらうには、少しくらい大袈裟であったほうが効果的だろう。そしてこの笑顔を引き立たせるために、先ほどまで険しい表情をしていたのだ。
 この影響は兵士たちにすぐ届いたようだった。あれは女を見る目だ……と直覚した。君主としての私と、女としての私の、両方を彼等に認めさせることができれば、下準備は完了だ。
 あとは最後の仕上げを残すのみだ。私は気を奮い立たせて叫んだ。
「しかしこの世の中には理不尽な暴力がございます。論理や理屈を無碍にし、己の欲望のためだけに振るわれる暴力でございます。私は何があっても、我らがゴットアプフェルフルス国を理不尽な暴力から守らねばなりません。……そして外交の場で理不尽な暴力を突き付けられた場合、どうなるでしょう。もし私がただのか弱い一人の女であれば、あっという間に暴力に飲みこまれてしまうかもしれません。しかし私には皆様がいらっしゃいます。理不尽な暴力に対する、正義と秩序の盾なる皆様がいらっしゃるのです。私に皆様がついていてくだされば、理不尽な暴力に屈することなく、真理に基づいた正義によって、理不尽な暴力を排することができます」
 兵士たちが私に注目しているのが分かる。さあ、最後の一声だ。
「私が皆様に命じることはただひとつでございます! 皆様は我らがゴットアプフェルフルス国の正義の盾となり、未来永劫語り継がれる秩序の剣として、我らがゴットアプフェルフルス国をお守りなさい! 私も皆様の女王として、我らがゴットアプフェルフルス国をあらゆる暴力からお守りすることを、天に誓ってお約束いたしましょう!」
 わああああ、と歓声が上がった。
 私は心臓が脈打つのを感じながら、ドレスの裾をつまんで深くお辞儀をした。さらに歓声が高まり、誰が言い始めたのか「女王陛下万歳!」という合唱が何度も何度も私に投げかけられた。
 私は顔を上げて、兵士たちにとどめの笑顔を呈して見せた。
 私がバルコニーから去っても、「女王陛下万歳!」という合唱はずっとずっと続けられていた。

「まさか女王陛下が、ああも雄弁でいらっしゃるとは思ってもみませんでした」
 私を迎えに来てくれたパクリコンが、開口一番に言った。
「あら、それはお褒めのお言葉として戴いてもよろしいのでしょうか」
 私はあえて素直ではない返答を為した。するとパクリコンは私の目を見て、続けた。
「女王陛下のことですから、無難な挨拶をされるものと思っていました。しかし……女王陛下は違いました。我らがゴットアプフェルフルス国のために正義の盾と秩序の剣となってともに戦ってくれ、と女王に言われて、断ることができるような男などいません。ましてや女王なる身分にも関わらず、兵士の命を何よりも尊いものだと仰るという発想は、私の常識をはるかに超えたものでした」
「あら、ありがとうございます」
 私はパクリコンに笑顔で答えた。するとパクリコンは遠い目をしながら、少し悲しそうな声でつぶやいた。
「……「女王陛下万歳」か……。……何年ぶりに聞いた言葉だろうな……」
 私の最初の「外交」は成功に終わったといえよう。しかしどうやら私に課せられた使命はまだまだ多そうだ。
 私の本当の外交は、これからなのだ。

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Author:パクリコン
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