ドレスをたくし上げて悪を踏み抜け、27章

 投稿しました。

 山々の向こうに夕陽が沈みかけるころ、ランカシーレ城の一室にてランカシーレ女王はソファに腰かけた。
「皆さま。おっしゃりたいことは多々ございましょうが、ここはぐっとこらえて今後のことについて話しあいましょう」
 ランカシーレ女王は腰を下ろすよう、側近たちに手振りで命じた。その部屋に集まっていた側近たち――黒装束姿のままのレビアと外交官姿のリウヴィユとユーグ――は、
「あんな美味しい話を、独りお留守番真っ最中の旦那に話さない法などあるものか」
「さすがに先ほどまでのアレは演技に決まってる。事情を話してくれたレビアは笑って誤魔化してはいたが、私はそう信じるぞ」
「根拠も無いものを何でもかんでも信じちゃあいかんな」
などと各々決意を固めつつ、ふかふかの椅子に腰かけた。
「私たちは今まさに想像以上に良い待遇を受けております。充分な食事が末端の兵にも提供され、充分すぎる寝床も与えられております」
 ランカシーレ女王は可能な限り穏やかな微笑みを浮かべようとした。
「そして明日の午前に、ギギュロ王がじきじきに城内を案内してくださるそうです。私はぜひともギギュロ王の案内をお受けしたいと思いますが、よろしいでしょうか?」
「陛下がよろしいなら、よろしいに決まってるじゃないですか。ぜひとも楽しんできてください」
 レビアは頬杖をついたまま何度もうなずき、右手をひらひらさせた。ランカシーレ女王は苦虫を噛みつぶしながらリウヴィユとユーグに意見を仰いだが、二人ともレビアの言に同意するかのように目を逸らせた。
「レビア、あのですね……。私はそういうことを相談したいのではなく、その案内の最中にてギギュロ王にレイネ川の件を切り出そうと思っておるのです。だってそうでしょう? 気のある相手と二人きりのときなら、うまい具合に話が進むと思いません?」
「気のある相手と二人きりなら、ほぼ間違いないでしょう」
 リウヴィユは淡々と同意した。しかしその同意は、ランカシーレ女王が求めていたものではなかった。
「リウヴィユ、お願いです。そこは比較的どうでもよいので、レイネ川の使用権に関して有利な立場を得るにふさわしい状況かどうかを考えてくださいませ」
「考えておりますとも、陛下」
 いつもなら良いだの悪いだのと余計な御託を並べるリウヴィユは、絨毯のしみを探すかのようにずっと目を伏せていた。するとレビアは椅子の上であぐらをかいた。
「でも陛下、リウヴィユの言ってる点も重要ですよ。だってギギュロ王が陛下に気があるかどうかだなんて、結局のところ、ギギュロ王の一番近くにいた陛下にしか分からないことなんですから」
「それはまあ……そうですが」
 ランカシーレ女王はドレスの裾を握りしめた。レビアは肩をすくめて、両手をパシンと打ち合わせた。
「だったらあたしのみならず、リウヴィユやユーグにも分かるように教えてください。どうしてギギュロ王が陛下に気があると信じられたのかを」
「それは――」
 言葉に詰まった。長年の友と歴戦の男性延べ三人を前にして「ギギュロ王が何度も照れていたから」とか「舞踏会へ私を誘うために勇気を出してくれたから」とか「なぜだか私も胸がときめいたから」といったことなど言えるはずがなかったからだ。
「その……」
 思えば、レビアがこうしてランカシーレ女王に痛い質問を投げかけてくるのも、じつに久々なものであった。何といってもレビアとリウヴィユはそういう関係なのだから、レビアがランカシーレ女王の急所を突いてくるのも、リウヴィユに対する微笑ましい愛情表現だといえる。微笑めない人物が一人いるとするならば、それは他ならぬランカシーレ女王ではあるが。
「ええとですね……」
 お茶を濁してばかりいると形勢は不利になる一方だ。それにいつまでも返答に窮してばかりいては、女王失格というものだ。レビアやリウヴィユの恋情がどうであれ、今まさにランカシーレ女王が何らかの実情を説明せねばならないことには変わりない。
 だったら堂々と言ってやればいい。ランカシーレ女王は何も間違ったことなど考えてのだから。だったら己の正しさを、己の言葉で知らしめてやるまでだ。
 ためらう必要なんてない。これこそが、ランカシーレ女王たる君主の生き様だ。
 ランカシーレ女王は勢いよくソファから立ち上がった。
「間近で見た私には分かります! この城に二人で入った際のギギュロ王の表情は、どう見ても私と結婚したくてしたくてたまらない殿方のそれと全く同じでございました! ギギュロ王からは、あわよくば私を抱きしめてキスしたいという熱意がぷんぷん伝わってきましたもの! ギギュロ王が私を口説く気満々だからこそ、私に舞踏会前の逢引きを申し込んできたのでしょう!?」

 その夜、ランカシーレ女王はベッドの中で毛布にくるまり、浜辺に打ち上げられた海老のように何度ものたうちまわった。なぜなら、
「それらは全部憶測というか、陛下の願望じゃないですか」
「陛下と結婚したことのある男は、この世に一人しか存在しないのですが……」
「その唯一の結婚相手のことは忘れて別の男に口説かれにゆく、という認識で本当にいいのですね?」
などの言葉が、何度もランカシーレ女王を煩悶させていたからだ。
「あなた……わたくしはあなたのことをしょうがいそいとげるべきあいてとしてあいしております……。どうかおゆるしを…………」
 哀れな海老はときおりそのような言葉を発していたそうだ。




 翌朝。
 朝食を済ませてドレスを整えたランカシーレ女王は、ランカシーレ城の前でまたも熱烈な歓迎を受けた。昨日とは違い鼓笛隊こそいなかったものの、ランカシーレ女王に跪いてその手に接吻を施すギギュロ王は、まちがいなく昨日の倍ほどの情熱をもってランカシーレ女王に語りかけてきた。
「ランカシーレ女王、貴女に城内を案内するための馬車を作らせておいて正解でした! やはり貴女にはどれだけ捧げても捧げたりないくらいです!」
「え、ええ……たいへん嬉しゅうございます。感謝いたしますわ」
 ランカシーレ女王は笑みを浮かべようとしていたが、自分のために作られたという馬車に気圧されてままならなかった。目の前の白馬四頭立ての特注馬車は、豪奢なドレスで着飾った貴婦人が男性とともに乗ったとしてもなお余りあるほどの大きさだった。車体は真っ白に塗られており、留め具はすべて黄金色、車輪にはガラス細工すら埋め込まれていた。
「ではさっそく馬車へ。貴女にこの城のすべてをご紹介いたしましょう」
 ギギュロ王に手を取られ、ランカシーレ女王は促されるがままに馬車に乗った。しつらえてあったソファといい、花鳥風月がきめ細かく描かれた内装といい、とうてい馬車のものとは思えなかった。
「では、ランカシーレ女王。あまりに大人数になるといけませんから、貴女のお付きの警備兵のみ、この馬車につけさせましょう」
「え、ええ……」
 ギギュロ王の合図で、馬車の周囲からサルトマーレ国の兵が去っていった。たしかに「女性を部屋に招くときは、女性のお付きの者だけを部屋に入れよ」という暗黙の掟はあるが、馬車での移動でもなお律儀に守るようなものではない。それでもなお「女性のお付きの者だけを」というのであれば、よほどギギュロ王は己の真摯さをランカシーレ女王の兵に見せつけたかったのだろうか。
 そんなことを考えていると、窓の外の景色がゆっくりと後ろへと動き始めた。

 流れるような誘われ方だった。
 ランカシーレ女王は、胸の鼓動が高鳴り続けていることに気づいた。なにしろ一国の女王と王が馬車の中で二人きりになっているというのだから、こればかりはやむをえまい。
 ランカシーレ女王はこの十分間で自分が何を喋ったのかすらまったく思い出せずにいた。

 ふとランカシーレ女王は、思い出したかのように隣を見た。するとそこには大きく息を吐くギギュロ王の姿があった。
 ランカシーレ女王はギギュロ王の手にそっと己の手を重ねた。
「お上手ですこと」
 顔を上げたギギュロ王に、ランカシーレ女王は微笑んだ。ギギュロ王は宙を仰いでいたかと思うと、染まった頬でランカシーレ女王に向き直った。
「貴女のためですから」
「素敵でございましたよ」
 ランカシーレ女王は、ギギュロ王の火照った頬に右手をあてがった。
「楽になさい。今晩の舞踏会までに果ててしまってはなりませんもの。それにこうして親睦を深めるのもまた、君主としての務めでございますよ」
「そう言ってくださるだなんて、やはり貴女は優しい人です」
 ギギュロ王は嘆息し、あてがわれたランカシーレ女王の右手を両の掌で包んだ。
 ランカシーレ女王はふっと笑みを浮かべた。
「初めはこのようなものでございます。私も初めて他国の王と会った時には、ずいぶんとおっかなびっくりでおりましたもの。喋ることすらままならなかった当時の私に比べれば、あなたは幾ばくもご立派でございますよ」
「ランカシーレ女王にも、そのような頃があっただなんて……まったく想像もつきません」
「それくらいに、人は変われるものでございます。私が保証いたします」
 するとギギュロ王はランカシーレ女王の右手の甲に接吻をした。
「ランカシーレ女王」
 ギギュロ王はランカシーレ女王の耳に顔を近づけた。
「貴女が初めての相手で、ほんとうに良かった」
 ランカシーレ女王は思わずくすっと笑った。
「何をおっしゃるかと思いきや、とんでもない方でございますこと」
「本当のことですよ、ランカシーレ女王」
 目と目が合った。ランカシーレ女王は、その静かな獅子のごとき瞳に吸い込まれそうになった。
 やがてランカシーレ女王はにんまりと笑みを浮かべ、ギギュロ王の腕を強引に抱きしめた。
「ランカシーレ女王!?」
 驚きの声を上げるギギュロ王の肩に、ランカシーレ女王は頭を預けた。ギギュロ王の腕などとっくに、ランカシーレ女王の腕と乳房の間に埋もれてしまっていた。
「でしたら私があなたにいろいろと教えてさしあげねばなりません。初めての相手は、ずっと心の中に残り続けるものでございますもの」
「し、しかし……こんな近くだと……」
「近くだから何だとおっしゃるのです?」
 ランカシーレ女王は脚を上げて、ギギュロ王の膝の上に乗せた。
「ご覧なさい。私とてあなたと同じ人間でございます。喜べば笑い、悲しければ泣く生き物です。少しばかり在位が長かったところで、いったい何になりましょうか」
「いけません、ランカシーレ女王……」
 ギギュロ王の制止を振り切り、ランカシーレ女王はギギュロ王の首に腕をまわした。ランカシーレ女王はギギュロ王の膝に己の身体を預け、ギギュロ王の熱い呼気を感じていた。
「まずは慣れるところからでございます。相手が同じ人間だと分かれば、必要以上に怖気づくことなんてございませんもの。ね?」
 ランカシーレ女王は脚を伸ばし上げて、赤いピンヒールの踵でギギュロ王の膝をぐりぐりと踏みつけた。
「い、いけません、ランカシーレ女王……!」
「慣れですよ、慣れ」
 ランカシーレ女王はギギュロ王の耳に、ふっと息を吹きかけた。ギギュロ王の上気した頬を汗が伝った。
「ね? 何も恐れるものなんてないでしょう?」
「ランカシーレ女王! お、おやめください!」
 ギギュロ王は目を合わせまいとしながら、ランカシーレ女王を押し離そうとした。
「でないと……」
「でないと、何です? 理由をおっしゃいなさい?」
 ギギュロ王の頬をまた別の汗が伝った。
「んー?」
 ランカシーレ女王はギギュロ王の顔を覗き込んだ。

 そのときだった。
 車輪がガタンと大きく飛び跳ねて、一瞬だけ車体が宙に浮いた。
「きゃあっ!」
 突然のことに、ランカシーレ女王は必死になってギギュロ王にしがみついた。
 しがみついた位置が高かったためか、ランカシーレ女王に忠告しようとするギギュロ王の口は、ランカシーレ女王の豊満な乳房によって塞がれてしまっていた。加えて何度も馬車が揺れるたびに、ギギュロ王の顔面は乳房で蹂躙されていた。
 再び、馬車はガタンと飛び跳ねた。
「いやあっ!」
 不幸なことに馬車の弾みによってランカシーレ女王の臀部はすっかりギギュロ王の股間に収まってしまった。そのためランカシーレ女王がもがくたびに、ギギュロ王の股間は安産型のお尻で圧迫された。
 ランカシーレ女王のドレスが重力に負けてしまっても、ランカシーレ女王の脚は伸ばされたままだった。ドレスの裾を何重にも飾るフリルからは、真っ白な生脚が真っ赤なピンヒールを伴って現れていた。
 当然、ギギュロ王がランカシーレ女王を落ち着かせようと思って、手を伸ばすこともあるだろう。その手が偶然ランカシーレ女王の生脚を掴んでしまうことだってあるかもしれない。
「きゃああっ!」
 ランカシーレ女王は振り払おうと脚をばたつかせ、そのたびごとにドレスの裾はめくれていった。ギギュロ王は慌ててランカシーレ女王の生脚を放したが、そのときにはすでにランカシーレ女王の雪のように白い太ももが半分以上露わになっていた。
「いやああんっ!」
 脚の危機を知ったランカシーレ女王は、慌ててドレスの裾を押さえた。しかし女性がたった腕一本で、何かにしがみついていられるだろうか。
「きゃあああっ!」
 努力の甲斐も空しく、ランカシーレ女王はギギュロ王の股を、滑り降りるように落ちていった。
 しかし幸いなことに、ランカシーレ女王は何かに引っかかって、ギギュロ王の股間で姿勢を保つことができた。ギギュロ王は急いでランカシーレ女王を抱き上げ、そのまま元のソファに腰かけさせた。




「先ほどは城内の運河に架けられた橋を越えた際の弾みでして、馬車を用いる際には注意すべき箇所だ――と忠告したかったのですが、……あの、ランカシーレ女王?」
「は、はい…………注意せねばなりませんものね………………」
 ランカシーレ女王はギギュロ王に目を向けられなかった。
 同じ人間であるはずのギギュロ王を、どうして恐れることがあろうか。
 それはひょっとしたら、ギギュロ王には人並み以上に優れたものがあったからなのかもしれない。

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

パクリコン

Author:パクリコン
ピチロの世界の住人。

最新記事
最新コメント
リンク
FC2カウンター
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
FC2 Blog Ranking