ドレスをたくし上げて悪を踏み抜け、33章から

 書くぞ!

 ランカシーレ女王は這う這うの体で「ランカシーレ城」へと帰ってきた。なにしろ帰りの馬車の中で、ギギュロ王から嫌というほど聞きたくもない未来予想図を聞かされていたからだ。
「大教堂で貴女と永遠の愛を誓う日が来ようとは」「ほんとうの意味で私と貴女は一つになれるのです」「最小の国家とは、家庭です」「二人でともに困難を乗り越えていきましょう」「子供は何人欲しいですか?」
 それらの幻聴を意識するまいと、ランカシーレ女王は寝室の扉を乱暴に開けた。
「何が子供ですか! 馬鹿馬鹿しい!」
 ランカシーレ女王は乱雑にガウン脱ぎ、真っ白なベッドにたたきつけた。ランカシーレ女王が荒く息を吐くたびに、露わになった白磁のような肩が上下した。
「私のことをいったい何だと思っているのでしょう……! どう考えれば、主人を持つ私を妃にするだなどと言えるのでしょうか……!」
「恋は盲目、っていいますしね」
 ランカシーレ女王がしかめ面のまま振り返ると、そこには黒装束姿のレビアが壁にもたれかかって立っていた。
「あれだけ誘惑していたんですから、ギギュロ王が女王陛下にぞっこんになるのは時間の問題だったじゃないですか。何をいまさら」
「恋であろうと何であろうと、私を妃にしてよい理由になどならないでしょうに!」
「そりゃあそうですよ。じゃあどうしてさっさとあしらって断らなかったんですか?」
 ランカシーレ女王はきょとんとした。次第に表情筋の力が抜けてゆくのを感じた。
「あの……レビア? レプトコッカス教会で私がギギュロ王と何を話していたのかを、ご存じないのですか……?」
「知りませんよ。だってあそこは警備が厳しいですし、隠れ兵もたくさんいます。盗み聞きはおろか、侵入すること自体とうてい無理ですって」
 レビアは肩をすくめたが、ランカシーレ女王は怪訝な面もちで見つめ続けた。
「レビアですら、ですか?」
「そりゃそうですよ」
 レビアはあっけらかんと答えた。
「それにやっぱり、よその男といちゃいちゃする女王陛下なんて見たくないですもん。哀れな王配殿下への報告がひとつ増えるだけで、誰も幸せにならな――」
 ランカシーレ女王はレビアに駆け寄り、長い金髪が舞い踊る中でレビアを抱きしめた。ランカシーレ女王の青白い肩は、小さく震えていた。
「……どうしたんですか、女王陛下? 何があったっていうんですか?」
「レビア……!」
 ランカシーレ女王は嗚咽交じりに、レプトコッカス教会に至るまでに何があったかを話して聞かせた。レイネ川を用いた輸送をギギュロ王が請け負おうと言い出したくだりや、ギギュロ王が“最強の兵器”によってゴットアプフェルフルス国を守ろうと言い出したくだり、そして“最強の兵器”がお芝居上のものでなく兵器として実在していたくだり。そして、
「最強の兵器をもって女王陛下を脅して、女王陛下を妃にしよう……ってわけですか」
とレビアは簡潔にまとめた。
「そのとおりでございます……」
 ランカシーレ女王ははぁっとため息をついた。すると抱きしめられたままのレビアは背伸びして、額をこつんとあわせた。
「これまでギギュロ王が鼻の下を伸ばしていたのは、女王陛下に付け入る隙を作るためだった……ってことですよね」
「そういえましょうね……」
「まさに、どっかの誰かさんとは正反対のやり口ですね」
「どっかの誰かさんとは、ええ……」
 ランカシーレ女王はしゅんと鼻をすすった。
「いずれは私も、主人と離れ離れになってしまうのでしょうか……」
「そう決めるのはまだ早いですよ」
 レビアはランカシーレ女王の髪を力強くくしけずった。
「要は、その兵器を使い物にならなくすればいいだけの話です。なのであの教会に忍び込む手段を見つけて兵器を壊してしまえば、断る口実なんていくらでも作れますよ」
「それが一番よいのでしょうね……。現に私があの兵器を壊しかけたとき、ギギュロ王はとても焦っていましたから」
 ランカシーレ女王はレビアの首許に頭を預けようとしたが、「待って待って!」と無理やり引きはがされた。
「女王陛下が壊してかけたって、いったいどうやって!?」
「簡単な話でしょうに。ギギュロ王は水晶を通して兵器を操っていたのです。なので兵器を使われたくなければ、その水晶自体を壊してしまえばよいのです」
 ランカシーレ女王は「こうやって」と言って、レビアの脚をつんとピンヒールで突いた。
 レビアは深々とため息をつき、ランカシーレ女王の肩にこてんと頭を預けた。
「女王陛下……。お強いですね……」
「なにをおっしゃいますやら」
「だってそれ……ギギュロ王の一番の弱点を女王陛下が踏み抜いたわけですよね……」
「踏み抜いてはおりませんが、そのとおりです」
「まさか最強の兵器がピンヒールに壊されかけるだなんて……」
「ええ、まあ……。あのときはこれしかございませんでしたから」
 ランカシーレ女王の肩は、レビアにぎゅっと抱きしめられた。
「それだけお強い女王陛下なら、きっとなんとかなりますよ。今夜の舞踏会も、乗り切ることができますって」
「舞踏会……」
 ランカシーレ女王は、そもそも何のためにサルトマーレ国にやってきたのかを改めて認識した。
「舞踏会になど出たくありません……」
「また十四歳のランカシーレ王女みたいなことを言っちゃって、んもう」
 レビアはランカシーレ女王の髪を乱雑に撫でた。
 そのとき、寝室の扉が叩かれ「リウヴィユですが」とのくぐもった小声が届いた。
「お入りなさい」
 ランカシーレ女王はレビアから離れ、ショールを肩にかけた。いつもなら手伝ってくれるレビアが一歩も動かないので、ランカシーレ女王はショールで肩を覆った。
 はたして扉からリウヴィユの姿が現れると、レビアは懐に隠し持っていたナイフをリウヴィユにめがけて投げつけた。リウヴィユがとっさに腕を構えると、ナイフはその腕にカツンと音を立てて弾かれた。
「レビア!?」
 ショールがはだけないようにしつつ、ランカシーレ女王はレビアに駆け寄った。
「いったい何をなさるのです!?」
「いい加減な変装で女王陛下をだまそうとしたカロールス君へのお仕置きです」
「カロールス……?」
 ランカシーレ女王は記憶をたどって、聞き覚えのあるその名前を思い出そうとした。たしか、歯に衣着せぬころのリウヴィユに対して、レビアがその名前を口にしたような――。
「カロールス君。そういうのをやめてほしいって言ったはずでしょ?」
 レビアはいらいらした口調でさらにナイフを投げつけた。見事に心臓へと目がけて飛んで行ったナイフは、再びカツンと音を立てて弾かれた。
「なぜ私がリウヴィユでなくカロールスだと、分かったんだ?」
 くぐもった声が響いた。たしかにその声は、いつものリウヴィユのものとは違っていた。
 レビアはさらに、手近にあった銀の水差しをカロールスに投げつけた。
「扉の叩き方が違う。扉の開け方も違う。声が違う。背丈が違う。顔も違う。喋り方が全然違う。押し殺した声でなら通用するだろう、という浅い考えなんてリウヴィユはしない。何もかもが似てない。それでなおバレないと思ってるその魂胆がみみっちすぎる」
「……なんてことだ」
 水差しやらティーポットの蓋やらを避けつつ、カロールスは顔の変装用装飾を剥がし落とした。そして貴族服を破き捨て、鉄が縫い固められてある黒装束姿を現した。
「これならうまくいくと思ったのだが」
「うまくいくわけないじゃん。その程度で女王陛下の周りをうろうろされたら、うまくいくものもいかなくなるってもんだよ。ほら、帰った帰った」
 レビアが手で追い払うと、カロールスは一礼して扉から出ていった。
「諜報員が扉から出ていくな、っての。まったく、あんなんだからサルトマーレ国の特殊警備隊に捕まるんですよ。ほんとに、何を考えていることやら。やる気があるだか無いんだか」
「……あの、レビア?」
「何です?」
 ぷりぷりと怒るレビアの肩を、ランカシーレ女王はそっと抱き寄せた。
「大好きな人の真似をされると、腹が立つものでございます。気をお静めなさい」
「……いや、あの、今のはそういうんじゃないんですけど……」

 十分後、「舞踏会への準備が整いました」と言って入ってきたリウヴィユは、まさか、
「だから、その、今はそういう話をしたいんじゃなくって……」
としどろもどろのレビアと、
「まぁそうおっしゃらずに、お楽しみなさい」
と慈母のごとき笑みを浮かべたランカシーレ女王によって出迎えられるとは思ってもみなかったそうだ。

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