ドレスをたくし上げて、34章目くらい

 書いたぞっ!

 ランカシーレ女王は、舞踏会へと向かう馬車へと乗り込んだ。おそらくはランカシーレ女王のためにとギギュロ王が用意したものなのだろう。ランカシーレ女王がドレスの裾を広げて座れるほどのクッションが、馬車の中に敷き詰められてあった。
「舞踏会では、あたしは必ずしも女王陛下のそばにいられません。なので本当に困ったら、とりあえずは舞踏広間の裏手にある庭にでも逃げ込んでください。あの辺りはあたしが既に押さえてありますから」
 馬車の扉が閉じられる前からすでに、レビアの心温まる助言のおかげでランカシーレ女王は青息吐息だった。加えてユーグもまた、
「さきほど聞こえた爆音からして、ランカシーレ女王とギギュロ王の間になにかあったのであろう、と皆が噂しています。ギギュロ王はすでにランカシーレ女王との大きな約束を発表する、とまで意気込んでいるようです。どうか軽はずみな言動だけはお避けください」
と思いやりに満ちた言葉でランカシーレ女王をしょげさせた。
 二人に比べると、リウヴィユは簡潔に、
「何があろうと、女王陛下のお心次第です」
とだけ告げてくれた。
 これまで散々リウヴィユには酷いことを言ってしまったのに、とランカシーレ女王の心がちくりと痛んだ。もちろん、リウヴィユがどういう意図でノルトティロール公に謀反をそそのかしたのか、はたまたリウヴィユはギギュロ王とどう繋がっているのかは、いまだに分からずじまいだ。なので無暗にリウヴィユに私情をさらすことはできない。
 しかしだからといってあまりに心無い言葉をぶつけていると、ほんとうにリウヴィユが離れていってしまうのではなかろうか――とランカシーレ女王は感じられてならなかった。女王として家臣を試すのは常套手段なのかもしれない。しかしランカシーレという一人の女性として、頼れる男性を傷つけるのはあまりに耐えられなかった。
 女王としての思いとランカシーレとしての思いのせめぎあいの中で、ランカシーレ女王はぽつりと告げた。
「もう少しだけ、私をお慰めなさい。女王が舞踏会に向かえるよう整えるのもまた、宰相の役目でございますよ」
 ランカシーレ女王はリウヴィユの服の胸元を握りしめた。リウヴィユは目を丸くしたものの、ランカシーレ女王の額をリウヴィユの胸板に預けさせた。
「女王陛下。どのようなご決断であろうと、どのような結末であろうと、私は女王陛下に従うまでです」
 その声はさしづめ、泣きじゃくる赤子をあやすための子守歌だった。
「たとえ地獄の果てに放り出されようとも、私は女王陛下の忠臣でありつづけます。ご安心ください」
 そしてそれはランカシーレ女王にとって、何よりも心強い子守歌だった。
「ありがとう、リウヴィユ。……行ってまいります」
 ランカシーレ女王は、リウヴィユの身体をぽんと押しのけた。
 扉が閉められ、馬車はゆっくりと進み始めた。

 整備された道を通って、馬車は舞踏広間の前に到着した。
 ランカシーレ女王が赤い絨毯の上に降り立つと、周囲の警備兵が最高礼の構えを取った。舞踏広間への階段を上るためにランカシーレ女王がドレスをたくし上げると、周囲から嘆息が漏れた。ふわりと風が舞い込み、ランカシーレ女王のドレスが女神の衣のように舞った。
 ギギュロ王から贈られたドレス、トレーンそしてガウンは、雲のように軽く、ランカシーレ女王に忠実で、どんな宝石よりも見る者を魅了した。階段下にいた兵士や従者の目は、揃ってランカシーレ女王に釘付けだった。
 ランカシーレ女王が微笑むと、舞踏広間への扉の守護兵はランカシーレ女王の意に従った。軋みの音すら立てずに開かれた扉を通り、ランカシーレ女王は舞踏広間への廊下を進んだ。
 大理石で作られた廊下にドレスの衣擦れの音が響くたびに、衛兵の喉がゴクリと鳴った。

 廊下中央の大扉が開かれ、ランカシーレ女王は舞踏広間へと一歩進み入った。
 騒然としていた舞踏広間は、一瞬にして静けさに支配された。それはまばゆい光が差し込まれたためなのか、舞踏広間にいたどの貴族もランカシーレ女王に目を奪われてしまっていた。
 ランカシーレ女王が扉の脇にいた大臣に目くばせすると、大臣は慌ててランカシーレ女王の名を高らかに叫んだ。
 ランカシーレ女王はドレスの裾をつまみ、広間への階段を一歩一歩降りていった。ランカシーレ女王が微笑みだけで、広間からはため息が聞こえた。
 
 舞踏広間でランカシーレ女王の手を取ったのは、やはりギギュロ王だった。
「お待ちしておりました、ランカシーレ女王」
「お招きいただき光栄でございます、ギギュロ王」
 ギギュロ王は跪き、ランカシーレ女王の手に接吻した。そしてランカシーレ女王の手が引き寄せられると、三拍子の輪舞曲が奏でられはじめた。
「さあ、ランカシーレ女王。たっぷりと二人だけの時間を楽しみましょう」
 ギギュロ王はランカシーレ女王をことさら強く抱きしめ、拍子に合わせてステップを踏んだ。
 女王と王がダンスを始めたことで、舞踏広間の貴族もまた一斉にダンスに興じはじめた。
 唯一、ギギュロ王に応える女王だけは、背一杯の作り笑いを保つばかりだった。


「どうです? この広間で、貴女と私の婚約を発表するお気持ちは?」
 輪舞曲に合わせて身体を抱き寄せられるたびに、ランカシーレ女王は耳元でささやかれた。
「これだけの人がいる前で発表しさえすれば、取り消すことも容易ではないでしょう。それに、貴女にはもはや拒みようがありませんし」
「馬鹿なことをおっしゃらないで」
 ランカシーレ女王は語気荒くターンをした。ドレスの裾がふわりと宙を舞った。
「兵器が壊れてしまった今となっては、あなたは子供一人すら脅せっこないでしょうに」
「どうやら馬鹿なことを言っているのは貴女の方だ、ランカシーレ女王」
 ギギュロ王はランカシーレ女王の腰を強く抱き寄せ、ねっとりと撫でつけた。
「あの程度で壊れる兵器ではありません。もっとも、ランカシーレ女王があと一回蹴りつけていれば完全に壊れてしまっていたかもしれませんが、残念なことに貴女はか弱い女に過ぎなかったのです。ガウンの裾を引っ張られただけで何もできなくなる、哀れな女王なのですから」
「……っ!」
 ランカシーレ女王の肩に這われた指が、流れるように胸元のドレスをずり下ろした。豊満な乳房が揺れ、あわや桃色の輪がさらけ出されるところだった。
「ランカシーレ女王。私が贈ったドレスの着心地はどうです? 他のドレスとは比べ物にならないほどに、軽くて優雅でしょう?」
「ええ、おかげさまで、……きゃあっ!」
 ランカシーレ女王が胸元を直そうとした隙に、ギギュロ王に抱きしめられ宙を踊らされた。ドレスの裾がひるがえる中で、ランカシーレ女王の透き通るのような生脚がさらけ出された。
「おやめなさい! 私に淫らな真似をさせるだなんて!」
「だったら、お返事をもらいましょうか」
 曲に合わせて、ランカシーレ女王の身体が勢いよくターンされた。ランカシーレ女王はなんとかガウンの裾を押さえていたものの、ランカシーレ女王の真後ろにいた貴族だけはたっぷりと堪能できたことだろう。
「何の返事をしろとおっしゃるのです……っ!?」
「決まっています。結婚の提案に対する『喜んでお受けいたします』という返事です」
 二曲目の輪舞曲が奏でられ始めた。ドレスは雲のように軽く、ギギュロ王の圧力はとてつもなく重かった。
「この曲が終わるまでに返事を貰えなければ、貴女の拒絶に相応しい報復を見せてあげましょう」
 ランカシーレ女王の身体はのけぞらされ、たわわに実った乳房がぷるんと揺れた。かと思えば、右へ左へとターンさせられるたびに、ドレスの裾が無慈悲にもランカシーレ女王の生脚を晒し続けた。
「もっとも、これほどまでに肢体を見せつけた貴女なら、立派に私の王妃として務まりますよ。あとは貴女の……覚悟だけです!」
 再び抱き寄せられると、ドレスの裾をたくし上げられた。そしてすぐさま、ギギュロ王の硬い股間がランカシーレ女王の下腹部に押し付けられた。

「よろしいでしょう」
 ランカシーレ女王は輪舞曲の終わりに、ギギュロ王から一歩退いた。
「提案に対する返事なのか脅しに対する返事なのかは別として、返事をせねばならない状況なのは確かです。ただし、『大勢の前で発表したのだから、いまさら後には引けない』だなどという愚かな行為などしたくありません。共同統治の盟約を結んだあとであれば、いくらでも発表いたしましょう」
「良い返事です、ランカシーレ女王」
 互いに一礼し、ギギュロ王はランカシーレ女王の手をむんずとつかんだ。
「すでに婚約のための用意をしています。ランカシーレ女王、どうぞこちらに」
 ギギュロ王は「女王と夜の風にあたってくる」と家臣に告げ、ランカシーレ女王をバルコニーへと誘った。

 雲に隠れていたためか、月は見えなかった。そのかわり、雲の合間からはときおり星屑が顔をのぞかせていた。
 夜風はランカシーレ女王のドレスをふわりと撫ぜた。長くて優雅な裾から、真っ白な生脚が垣間見えた。
「ランカシーレ女王。どうぞこちらに」
 金属で縁取られたテーブル近くの椅子に座るよう勧められたが、ランカシーレ女王はあくまでテーブルに歩み寄るだけだった。なぜならテーブルの上には二枚の羊皮紙と羽ペンが置かれていたからだ。
「共同統治盟約書と……」
「婚姻宣誓書です」
 ギギュロ王は椅子を引いたが、ランカシーレ女王はドレスの裾を正しただけだった。ひとたび椅子に座ってしまえば、署名を終えるまで二度と立ち上がらせてくれない気がしたからだ。
 夜風がドレスを撫ぜ、ガウンの裾がはためいた。
「立ったままでは書き損じてしまうこともあります。どうぞ、こちらに」
「結構です」
 ランカシーレ女王はギギュロ王を一瞥した。さきほどでは国王としての威厳をともなう微笑みを浮かべていたギギュロ王は、いまやランカシーレ女王を力ずくでねじ伏せてしまいかねないほどにいかめしい表情をしていた。
 ランカシーレ女王は白磁のような白い指で羽ペンを取り、たっぷりとインクを付けた。
「こんな誓約に愛があるとお思いなのでしょうか?」
「愛だなんて馬鹿げた言葉を、まさかランカシーレ女王が口にしようとは」
 せせら笑いがバルコニーに響いた。
「愛が無いのなら、作ればいい。それだけの話です。相手がどんな女性であれ、手中に収めてしまえば愛などいくらでも作れるのですから」
「そうでしょうね。貴方はそうやって生きてきたのですから」
 ランカシーレ女王は吐き捨てるように言ったが、ギギュロ王はランカシーレ女王の腰に手をまわした。
「それのどこが悪いんです?」
 ふいに背後から両乳房を鷲掴みされた。たわわな豊乳が乱暴な指の中でぐにゃりとゆがんだ。
「いやっ……!」
「だったら早く署名することです、ランカシーレ女王」
 のけぞるランカシーレ女王の臀部に、ギギュロ王の股間が押し付けられた。ランカシーレ女王の流れるような金髪にも、生温かい鼻息がかけられた。
「書きますから……! だから……ひゃあっ!」
 右の乳首がつままれ、耳たぶに舌が這わされた。ガウンの裾は乱雑に押しやられ、ドレスの裾の中にも手が這わされた。
「せっかく贈ったドレスです。他の鈍重なドレスと比べると圧倒的に軽く、簡単にまさぐることができる。こうやって堪能されることを、ランカシーレ女王ならとうぜん分かっていたと思いますが」
「ばかなことをおっしゃらないで……いやあっ!」
 下着の中にぐいっと指が這わされた。恐怖ゆえの愛蜜がたくさん溢れてくる。
「署名しますから……! お願い、少しの間だけ止めて……!」
「分かりました」
 下着に這われた指はとどまり、乳首をつまもうとする指は力を緩めた。あくまでギギュロ王は「止めた」にすぎなかった。
 しかしランカシーレ女王にとってはむしろ、そんな子供騙しのような扱われ方は非常に都合がよかった。
「早く署名をして、さっさと終わらせましょう……!」
 ランカシーレ女王は急いで書類を手繰り寄せ、書き損じの無い立派な署名を施した。
「それから次の書類も……!」
 羽ペンは優雅に動き、一文字も間違えていない署名が施され――

「書き終えましたわ!」

 ランカシーレ女王は、ギギュロ王の顔面に二枚の書類を勢いよく押し付けた。くしゃりと音を立てて、二枚の書類はギギュロ王の視野を奪った。女の腕力とはいえ、不意打ちともなれば話は別である。
「何をする!」
 ギギュロ王はあわててランカシーレ女王の乳房と下着から手を引っ込めた。しかしそれはランカシーレ女王を自由にすることを意味していた。
「書き終えたと言っているのです!」
 ランカシーレ女王はギギュロ王の頬を思い切り平手打ちした。乾いた音が響き、二枚の書類が宙を舞った。
「女王の分際でふざけた真似を!」
 大理石のバルコニーを踊る二枚の書類を、ギギュロ王は追いかけた。しかしランカシーレ女王はそれに先んじて、ドレスとガウンの裾をつまんで勢いよくターンをした。
 ドレスとガウンの裾に煽られた二枚の書類は、バルコニーの外へと吹き飛んでいった。
「なんてことをしてくれるんだ!」
「ドレスの裾を乱れを直しただけですが」
「だったらもう一度書け! 書類が無くなったのだから当然だ!」
「すでに署名は済ませましたのに、さらに二重の契約をしろとおっしゃるのですか? たとえ王族であっても、同一人物と二回結婚することはできないはずですが」
 ランカシーレ女王はガウンの裾をつまみ、夜風の中でふわりと躍らせた。
「あるいは、せっかくの婚姻発表のための書類を風でなくしてしまった、と今から舞踏広間で皆に知らせてきてもよろしいのですよ?」
「黙れ!」
「あら、怖い。でも事実でしょうに」
「黙れと言っている!」
 ギギュロ王はランカシーレ女王を乱暴に押しのけ、バルコニーの出口へと早足で向かった。そこには衛兵がいたが、ギギュロ王に耳打ちされるとすぐさま去ってしまった。
「どうせすぐに見つかる。見つかりしだい婚姻の儀をあげればいい」
「見つかると良いですね」
 ランカシーレ女王は夜空を見上げた。相変わらず、月は雲に隠れたままだった。
「でしたら舞踏広間に戻りましょう。それとも、誓約書をなくしてしまった腹いせに私を襲うおつもりなのでしょうか?」
 ギギュロ王の恨みがましい目を、ランカシーレ女王は鼻で笑った。
 ドレスの裾をたくし上げ、大理石にピンヒールを響かせながらランカシーレ女王は舞踏広間に戻った。



 ピンヒールを従える脚は震え、裾をたくし上げる指はぎこちなく、息は浅かった。
 ランカシーレ女王を迎えにきた宰相の腕にすがったとたん、ランカシーレ女王の脚はよろめいた。
「少しの間だけ、掴まらせてくださいませ……」
「女王陛下のお心のままに」
 女王が爪を立ててしがみつくと、宰相の立派な正装に皺が寄り、畑がひとつ買えるほどの高価な生地が伸びた。
 しかし宰相は何も言わず、ただ女王の額をその胸板に預けさせていた。
 宰相の正装に一粒の水滴がこぼれ落ちてもなお、宰相は見て見ぬふりをしていた。
 宰相の手が女王の身体に触れることは、決してなかった。

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